目次
ひこうきのぱいろっとのげんそく
未来を予測することに、どれだけのエネルギーを費やしているか
経営計画の策定、市場予測、技術トレンドの分析、競合動向の調査——ビジネスの世界では、未来を予測するための活動に膨大なリソースが投じられている。中期経営計画では3年後、5年後の売上と利益を予測することが求められ、投資家はスタートアップに対して5年後のExit戦略を問う。しかし、こうした予測がどの程度正確に実現するかについて、実証的なエビデンスは心もとない。Wiltbank et al.(2006)は、不確実性が高い環境における予測の限界を体系的に検証し、予測精度の向上に投資するよりも、コントロール可能な変数に集中するほうが合理的であることを示した(Wiltbank et al., 2006, pp. 983–985)。
天気予報士ではなく、パイロットのように考える
飛行機のパイロットの原則(Pilot in the Plane Principle)は、エフェクチュエーションの5つの原則の中でも最も根幹に位置する統合原則であり、「予測に依存するのではなく、コントロール可能な範囲で未来を能動的に創造する」という思想を表現している(Sarasvathy, 2008, pp. 83–90)。
この原則の比喩は明快である。天気予報士は天候を予測するが、天候をコントロールすることはできない。一方、飛行機のパイロットは天候を予測できなくても、操縦桿を握り、計器を読み、乱気流に遭遇すれば高度や針路を変更して目的地に向かう。パイロットが依拠しているのは正確な天気予報ではなく、状況に応じた操縦能力である。同様に、熟達した起業家は市場の未来を正確に予測することよりも、自分がコントロールできる変数に集中し、状況に応じて行動を調整しながら、結果として未来を「創造」しているのである(Sarasvathy, 2008, p. 84)。
非予測的コントロールという概念
Wiltbank et al.(2006)は、経営戦略における「予測(Prediction)」と「コントロール(Control)」を2つの独立した軸として整理し、4つの象限を提示した。
- 予測型・適応型(Planning): 未来を予測し、その予測に基づいて計画を立てる。伝統的な戦略計画がこれに該当する
- 予測型・変革型(Visionary): 未来のビジョンを描き、そのビジョンの実現に向けて環境を変革する
- 非予測型・適応型(Adaptive): 予測を行わず、環境の変化に素早く適応する。リーン・スタートアップがこの象限に近い
- 非予測型・変革型(Transformative): 予測に頼らず、自らの行動によって環境を変革する。エフェクチュエーションはこの象限に位置する
エフェクチュエーションが「非予測的コントロール(Non-predictive Control)」と呼ばれるのは、この第4象限に該当するためである(Wiltbank et al., 2006, p. 990)。パイロットは天候を予測しないが、飛行機をコントロールする。起業家は市場を予測しないが、顧客やパートナーとの相互作用を通じて市場を創造する。
他の4原則を統合する上位原則
飛行機のパイロットの原則は、他の4つの原則——手中の鳥、許容可能な損失、レモネード、クレイジーキルト——を統合する上位原則として機能する(Sarasvathy, 2008, p. 86)。
手中の鳥の原則は「手持ちの手段から出発する」ことでコントロール可能な範囲を確保し、許容可能な損失の原則は「失っても大丈夫な範囲で行動する」ことでリスクをコントロールする。レモネードの原則は「予期せぬ出来事を活用する」ことで状況のコントロールを維持し、クレイジーキルトの原則は「コミットメントを持つパートナーと協力する」ことで影響力の範囲を拡大する。これら4つの原則はすべて、「予測ではなくコントロールに基づいて行動する」というパイロットの原則の具体的な表現なのである。
非予測的コントロールを実践する3つのステップ
- 「予測できること」と「コントロールできること」を分離する: 現在のプロジェクトについて、予測に依存している要素(市場成長率、競合の動き、技術トレンドなど)とコントロール可能な要素(自分の行動、パートナーとの関係、投入するリソースなど)を明確に分ける
- コントロール可能な変数に集中する: 予測が困難な要素に対する分析に時間をかけるのではなく、コントロール可能な変数を動かすことに集中する。「市場がどう動くか」よりも「自分が何を提供できるか」に注力する
- 行動を通じてフィードバックを得る: 予測の精度を上げようとする代わりに、小さな行動を通じて市場からのフィードバックを直接得る。得られたフィードバックに基づいて次の行動を調整し、このサイクルを高速で回す
この原則が特に有効な人
- 市場予測やトレンド分析に多大な時間を費やしているが、行動に移せていない戦略担当者
- 中期経営計画の数字が「絵に描いた餅」になりがちな経営企画部門
- VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)環境下での意思決定に悩むリーダー
- スタートアップの事業計画を評価・支援する立場のアクセラレーターや投資家
- 起業家教育のカリキュラムに実践的な意思決定フレームワークを組み込みたい教育者
「予測」から「コントロール」に視点を切り替えよう
今取り組んでいるプロジェクトについて、「予測の精度を上げようとしている時間」と「コントロール可能な行動に費やしている時間」の比率を振り返ってみることを勧める。もし前者の比率が高いなら、飛行機のパイロットの原則を思い出してほしい。パイロットは完璧な天気予報を待ってから離陸するのではない。操縦桿を握り、計器を読みながら、自らの判断で飛び続けるのである。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.