用語集

手段ドリブン

目標から逆算して手段を選ぶのではなく、手元にある手段から可能な行動を構想するエフェクチュエーション的アプローチ。手中の鳥の原則の行動様式。

目次

しゅだんどりぶん

Means-driven手段駆動Means-oriented

「手段から始める」とは、目標を持たないことではない

手段ドリブン(Means-driven)とは、エフェクチュエーション理論の手中の鳥の原則が記述する行動様式である。起業家は「何を達成したいか」ではなく、「今何を持っているか」から思考を始める(Sarasvathy, 2001, p. 245)。これは目標を持たないという意味ではない。手段から出発し、行動とステークホルダーとの相互作用を通じて、目標が事後的に形成されるというプロセスを意味する。

対概念は「ゴールドリブン(Goal-driven)」であり、Causationのアプローチに対応する。ゴールドリブンでは、まず達成すべき目標を定め、その目標に到達するための最適な手段を選択する。

手段の3カテゴリ

Sarasvathy(2008)は、起業家が出発点とする手段を3つのカテゴリに分類した(Sarasvathy, 2008, pp. 15-16)。

  1. Who I am(自分は何者か): 性格特性、好みの傾向、価値観、過去の経験が形作ったアイデンティティ。たとえば「私はエンジニアである」「教育に情熱がある」といった自己認識
  2. What I know(何を知っているか): 専門知識、スキル、業界の暗黙知。大学で学んだ専門分野、仕事で身につけた技術、趣味で培った知識などが含まれる
  3. Whom I know(誰を知っているか): 社会的ネットワーク。友人、同僚、元同僚、業界の知人など。このネットワークの中からプレコミットメントを引き出すことが、クレイジーキルト原則の出発点となる

ゴールドリブンとの本質的な違い

観点手段ドリブンゴールドリブン
出発点手元の手段達成すべき目標
目標の役割プロセスの帰結プロセスの起点
リソース「あるもの」で始める「必要なもの」を調達する
選択基準手段で可能なことの中から目標達成に最適なものを
環境との関係環境と相互作用して目標を形成環境を分析して目標に到達

Sarasvathy(2001)が27名の熟達した起業家を実験した結果、大多数が手段ドリブンの思考パターンを示した。彼らは架空の新製品「Venturing」の事業化課題に対し、市場調査から始めるのではなく、「自分ならこのアイデアをどう活かせるか」「誰に声をかけられるか」から思考を展開した(Sarasvathy, 2008, pp. 3-12)。

手段ドリブンはなぜ不確実性下で有効か

不確実性が高い状況では、目標自体が不明確であることが多い。「どんな市場が生まれるか分からない」「顧客が何を求めるか分からない」という状況で、精緻な目標を設定しても根拠がない。

手段ドリブンが有効なのは、手段は確実に把握できるからである。「自分が何者で、何を知っていて、誰を知っているか」は、未来の市場予測とは異なり、今この瞬間に確認できる。不確実な目標ではなく確実な手段を出発点にすることで、行動への障壁が劇的に下がる

日常の思考にも応用できる

手段ドリブンの発想は起業だけでなく、キャリア選択や個人プロジェクトにも応用できる。「将来どうなりたいか」が見えないとき、「今の自分は何ができるか」から始めることで、行動が可能になる。目標は行動の前に決まるのではなく、行動の中から生まれるのである。200回を超えるワークショップで観察された傾向として、参加者が「What I know」の棚卸しを行う際、最初は「大したものは何もない」と語っていた人が、対話の中で自分では気づかなかった知識や経験の価値を発見するケースが繰り返し観察される。手段ドリブンの第一歩は、自分の手段を「量的に」書き出すことから始まる。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

関連用語

手中の鳥の原則 エフェクチュエーション コーゼーション ゴールドリブン