人物

アラン・ファヨル

フランスを代表する起業家教育研究者。起業教育の制度化・体系化に尽力し、エフェクチュエーション理論を含む現代的起業家教育フレームワークの普及に貢献した。Handbook of Research in Entrepreneurship Education(Edward Elgar)シリーズ編者。

目次
English
Alain Fayolle
肩書
名誉教授
所属
Emlyon ビジネススクール(フランス)
役割
研究者名誉教授ハンドブック編者起業家教育専門家

起業は「教えられるか」——この問いを学問にした研究者

「起業家精神は生まれつきのものであり、教えることはできない」——20世紀後半まで、この命題はビジネス教育の世界で広く信じられていた。大学や経営大学院は金融・会計・マーケティングを教えることはできても、「新しいものを作り出す能力」を体系的に育成できるとは考えていなかった。

アラン・ファヨル(Alain Fayolle)は、この前提に挑戦した研究者の一人である。彼は起業家教育(entrepreneurship education)を経験則の寄せ集めから、理論的根拠を持つ学問的実践へと昇格させることに半生を捧げた。その過程でエフェクチュエーション理論は、彼の教育フレームワークの中心的な構成要素となった。

経歴と研究環境

ファヨルは長年にわたってEmlyon ビジネススクール(旧 EM Lyon Business School、フランス・リヨン)に所属し、同校のアントレプレナーシップ研究の拠点として機能するCentre for Entrepreneurshipの構築に貢献した。彼のキャリアはフランス語圏の起業家教育の制度化とほぼ重なり、フランス国内の大学カリキュラムへの起業家教育の導入においても影響力を持った。

フランスの教育システムはグランゼコール中心の伝統的な構造を持ち、起業家教育の制度的位置づけが英語圏に比べて遅れていた。ファヨルはこの文脈で「なぜ起業家教育を行うのか」「誰に」「どのような方法で」という三つの根本問いを学術的に定式化し、フランス語圏の議論を国際的な水準へ接続する役割を果たした。

Handbook of Research in Entrepreneurship Education

ファヨルの国際的な影響力を最も端的に示すのが、Edward Elgar 出版から刊行された Handbook of Research in Entrepreneurship Education シリーズの編集業務である。このシリーズは起業家教育の研究を体系的に集成した複数巻の学術ハンドブックであり、世界各地の起業家教育研究者が参照する標準的なリファレンスとなった。

ハンドブックの各巻は、起業家教育の文脈論(どのような環境で誰を対象に教えるか)、方法論(どのような教授法が有効か)、評価論(教育効果はどう測定されるか)という三層構造で構成されており、エフェクチュエーション理論は方法論の章において繰り返し参照される。その理由は、エフェクチュエーションが単なる起業論に留まらず「学習可能な思考様式」として定式化されているからである。

エフェクチュエーション理論との接点

ファヨルがエフェクチュエーション理論に注目したのは、それが起業家教育の根本的な難問——「不確実性の中で行動することをどう教えるか」——に対して理論的な答えを提供していたからである。

従来の経営教育は「目標を設定し、計画を立て、実行する」というコーゼーション的な思考を前提としていた。しかし新規事業の現場では、目標自体が不明確であり、計画が役に立たない状況が頻繁に生じる。Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論は、この「計画ができない状況での行動原理」を許容可能な損失手中の鳥クレイジーキルトといった具体的な原則として記述しており、教育的な実践に落とし込みやすい構造を持っていた(Sarasvathy, 2001, pp. 250–258)。

ファヨルはこの理論的資産を活用し、起業家教育の学習目標を「正しい答えを知ること」から「不確実性の中で行動を選択する能力を育てること」へ転換するカリキュラム設計を探究した。この転換は、受講者が起業活動の専門家(ケーススタディの対象者)を外から観察するのではなく、自らがエフェクチュアルな推論プロセスを体験する演習中心のアプローチへの移行を意味していた(Fayolle, 2013, pp. 692–694)。

起業家的意図モデルと教育設計

ファヨルのもう一つの貢献は、起業家的意図(entrepreneurial intention)研究の教育設計への応用である。Ajzenの計画的行動理論(Theory of Planned Behavior)を起業文脈に適用したモデルを参照しつつ、ファヨルは「起業しようという意図はどこから生まれ、教育によって変化するか」を実証的に問い続けた(Liñán & Fayolle, 2015)。

この意図論的アプローチとエフェクチュエーション理論は一見対照的に映る——意図論が「目的→行動」の因果経路を仮定するのに対し、エフェクチュエーションは「手段→可能性の発散」を強調するからである。しかしファヨルは、両者を相補的な教育ツールとして扱った。起業の初期動機づけには意図論的アプローチが有効であり、実際の事業構築プロセスにはエフェクチュエーション的な思考が有効であるという段階的な統合が、彼の教育設計の特徴となった。

起業家研究コミュニティへの制度的貢献

ファヨルは学術誌 Entrepreneurship & Regional Development の長年の編集委員を務めるとともに、ヨーロッパを中心とした起業家研究コミュニティの組織化に携わった。欧州ではBabson College主催のFrontiersに対応する会議としてECEI(European Conference on Entrepreneurship and Innovation)などが組織されており、ファヨルはそうしたフォーラムを通じて研究者ネットワークを強化した。

このコミュニティ構築活動は、英語圏に集中しがちな起業家研究の知見をフランス語圏・欧州圏の制度・文化・政策文脈と接続する「知識のローカライズ」という実践でもあった。

ファヨルの研究を深く学ぶために

出発点として Handbook of Research in Entrepreneurship Education(Edward Elgar)の関連巻を参照することを勧める。特に教授法・評価方法に関する章は、エフェクチュエーション理論をどのように教室の演習に落とし込むかを具体的に示している。続いてLiñán & Fayolle(2015)の意図論レビュー論文を読むと、起業家教育の成果をどのように測定し、何が教育によって変化するかという問いに対する現状の理解が把握できる。これら二つの視点——教授法とその評価——を持つことが、エフェクチュエーションを単なる理論として学ぶのではなく、実践的に教え・学ぶための基盤となる。


引用・参考文献

  • Fayolle, A. (Ed.). (2007–2010). Handbook of research in entrepreneurship education (Vols. 1–3). Edward Elgar.
  • Fayolle, A. (2013). Personal views on the future of entrepreneurship education. Entrepreneurship & Regional Development, 25(7–8), 692–701.
  • Liñán, F., & Fayolle, A. (2015). A systematic literature review on entrepreneurial intentions: Citation, thematic analyses, and research agenda. International Entrepreneurship and Management Journal, 11(4), 907–933.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of entrepreneurial expertise. Edward Elgar.
  • Ajzen, I. (1991). The theory of planned behavior. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 50(2), 179–211.