人物

フィリップ・ファン

ジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネス・スクール教授。コーポレートイノベーションと起業家的意思決定の研究者。エフェクチュエーションを大企業の組織内革新に接続する研究の第一人者。

目次
English
Phillip H. Phan
肩書
教授
所属
ジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネス・スクール
役割
研究者教授起業家教育者

大企業の中でエフェクチュエーションは機能するか

エフェクチュエーション理論は、もともとスタートアップ創業者の意思決定を観察した研究から生まれた。しかし、現代の多くのイノベーション課題は大企業の内部で起きている。既存事業を抱えながら新規事業を立ち上げる「コーポレートイノベーション」の領域では、資源は豊富だが制約も多く、起業家的な意思決定ロジックが機能するかどうかが問われる。この問いに正面から向き合ってきた研究者の一人が、フィリップ・ファン(Phillip H. Phan)である。

ジョンズ・ホプキンスでの研究基盤

フィリップ・ファンは、ジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネス・スクール(Johns Hopkins Carey Business School)の教授であり、同大学のアントレプレナーシップ・イノベーション研究の中心的存在である。専門領域は、コーポレートガバナンス、企業内起業(Corporate Entrepreneurship)、そして知識経済における組織的イノベーションの3つにまたがる(Phan, 2004)。

Phan は、経営学の実証研究において数多くの査読付き論文を発表するとともに、Journal of Business VenturingStrategic Management Journal などの主要ジャーナルの編集委員を長年にわたって務めてきた。

コーポレートイノベーション研究との接点

Phan の研究の核心は、「大企業はなぜ継続的なイノベーションに失敗するのか」という問いにある。彼は、大企業のイノベーション失敗の根本原因を「コーゼーション的な計画プロセスへの過剰依存」に見出している(Phan, Wright, Ucbasaran, & Tan, 2009)。

組織が大きくなるほど、新規事業への投資判断は「市場調査→期待リターン試算→投資委員会承認」というコーゼーション的プロセスを経るようになる。しかしこのプロセスは、真に新しいイノベーションに対しては機能しにくい。なぜなら、根本的に新しい事業の市場規模や収益性は、その定義上、既存のデータから予測不可能だからである。

この知見は、エフェクチュエーションの非予測的コントロール(Non-predictive Control)の概念と直接的に接続する。Phan が論じるように、大企業内でイノベーターが機能するためには、「期待リターンを証明しなければ動けない」という組織の論理に対抗する、別の意思決定フレームワークが必要なのである。

主要な研究貢献

企業内起業のエコシステム論

Phan らの研究(Phan et al., 2009)は、大企業内のイノベーションが個人の起業家的行動だけでなく、組織構造・インセンティブ設計・経営陣のコミットメントの3要素が揃って初めて持続可能になることを示した。特に「トップマネジメントによる許容可能な損失の公式設定」——失敗に対してどこまで許容するかを組織として明言すること——が、社内起業家の行動を促す鍵であるという分析は、エフェクチュエーションの原則を組織設計に応用した先駆的な知見として評価されている。

サイエンス・テクノロジー・パークの研究

Phan と Siegel(2006)は、大学や研究機関に付設されたサイエンスパーク・テクノロジーパークが、起業家的知識の移転においてどの程度機能しているかを実証的に検討した。研究が示したのは、物理的な近接性よりも「誰を知っているか(Whom I know)」というネットワークの質が、手中の鳥の原則的なリソース動員に決定的な影響を与えるという知見であり、エフェクチュエーションの手段論を大学発ベンチャーの文脈で実証した点で重要な研究である。

サラスバシーとの学術的関係

Phan と Sarasvathy は、アントレプレナーシップ研究の主要学会(Academy of Management、Babson College Entrepreneurship Research Conference など)を通じて長年交流を持ってきた。両者の研究は、理論的アプローチは異なりながらも「大企業内でのイノベーション促進」という共通課題において相補的な関係にある。

Sarasvathy がエフェクチュエーションの心理的・認知的メカニズムを精緻化してきたのに対し、Phan は組織的・構造的な条件に焦点を当てている。「エフェクチュエーション的な起業家が大企業内で機能するためにはどんな組織設計が必要か」という問いに、Phan の研究は重要な答えを提供する。

こんな人にファンの研究は示唆を与える

  • 大企業の新規事業担当者(イントラプレナー): 社内承認プロセスの壁に当たっているとき、組織構造の問題として捉え直す視点を得られる
  • 経営企画・CHROなどの組織設計に関わる人: コーポレートイノベーションを促すための組織的条件について、実証的な知見を参照できる
  • 大学・研究機関でのイノベーション推進担当者: サイエンスパーク研究の知見から、知識移転の本質的条件を学べる

引用・参考文献

  • Phan, P. H. (2004). Entrepreneurship theory: Possibilities and future directions. Journal of Business Venturing, 19(5), 617–620.
  • Phan, P. H., & Siegel, D. S. (2006). The effectiveness of university technology transfer. Foundations and Trends in Entrepreneurship, 2(2), 77–144.
  • Phan, P. H., Wright, M., Ucbasaran, D., & Tan, W. L. (2009). Corporate entrepreneurship: Current research and future directions. Journal of Business Venturing, 24(3), 197–205.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.