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ひよそくてきこんとろーる
「予測できないなら動けない」という罠
戦略論の古典的モデルは予測を前提としている。市場の成長率を予測し、競合の動向を予測し、顧客ニーズの変化を予測したうえで、最適な戦略を選択する。この「予測して適応する」ロジックは、既存市場での競争においては強力に機能する。しかし、将来の市場がどのような形になるかそもそも分からない状況——新規事業の立ち上げ、前例のない技術の商業化、社会変革を目指した事業など——では、予測の精度を上げることへの投資が無限に必要になり、結果として「予測できないから動けない」という意思決定の麻痺を引き起こす。
Sarasvathy(2001)は、この麻痺から脱出するための根本的に異なるロジックとして「非予測的コントロール(Non-predictive Control)」を提示した。
コーゼーション vs エフェクチュエーション:Table 1が示す対比
Sarasvathy(2001, p. 252)の原著論文に示されたTable 1は、コーゼーション(Causation)とエフェクチュエーション(Effectuation)の論理的差異を体系的に整理したものである。その中核的な対比は以下の通りだ。
| 次元 | コーゼーション | エフェクチュエーション |
|---|---|---|
| 出発点 | 所与の目標 | 所与の手段 |
| 意思決定基準 | 期待リターン最大化 | 許容可能な損失 |
| 外部環境への態度 | 予測して適応 | 行動して制御 |
| 偶発事象への対応 | 回避すべきノイズ | 活用すべき機会 |
| 他者との関係 | 競合分析の対象 | パートナーシップ構築の対象 |
この表の「行動して制御」という部分が、まさに非予測的コントロールの核心である。コーゼーション的アプローチが「予測できる未来に適応する」のに対し、エフェクチュエーション的アプローチは「未来を自ら作り出す」ことで不確実性を制御しようとする(Sarasvathy, 2001, p. 252)。
非予測的コントロールとは何か
非予測的コントロールとは、未来を正確に予測することへの依存を放棄し、代わりに自らの行動とコミットメントの連鎖によって未来の形そのものを変えていくことで、不確実性に対処する起業家的論理のことである(Sarasvathy, 2001, pp. 251–254)。
「コントロール」という言葉は重要なニュアンスを持つ。これは「すべてを管理する」という意味ではなく、「自分の行動範囲内に留まることで、結果の不確実性を許容できる範囲に収める」という意味だ。飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)の原則が示すように、パイロットは天候を予測するために全力を費やすのではなく、操縦技術と機体のコントロールに集中することで、予測不能な気象条件を「許容可能な状況」に変えていく。
実践的な2つのメカニズム
非予測的コントロールは、具体的には2つのメカニズムを通じて機能する。
1. 手段から始める(Means-driven Action)
コーゼーション的アプローチが「目標→手段」の順序で動くのに対し、エフェクチュエーション的アプローチは手中の鳥の原則に従い「手段→可能な目標」の順序で動く。自分が「今すぐ行動できること」に焦点を当てることで、予測を待つ必要がなくなる。
2. コミットメントを積み上げる(Commitment Accumulation)
クレイジーキルト原則が示すように、パートナーとの自発的なコミットメントを積み上げることで、未来の不確実性が減少していく。ステークホルダーが「このプロジェクトに参加する」と約束することは、それ自体が未来の一部を確定させる行為だからである。Read et al.(2009, p. 20)はこれを「コントロールを通じた予測の代替」と表現している。
ナイトの不確実性との接続
非予測的コントロールの概念は、Knight(1921)の「真の不確実性(Knightian Uncertainty)」——確率分布すら推定できない状況——と直接接続している。ナイトの不確実性が支配する領域では、より精緻な予測モデルを作っても問題は解決しない。必要なのは予測力の向上ではなく、予測に頼らないコントロールのロジックである。
Sarasvathy(2001, p. 244)はこの点を明確に述べている。エフェクチュエーションは「予測が困難な状況における意思決定のロジック」であり、コーゼーションが有効な状況(予測可能なリスク)とは適用領域が異なる。どちらが優れているかという問いは的外れであり、「どちらをいつ使うか」が熟達した起業家の核心的な能力なのである。
この概念が示唆する実践的態度
非予測的コントロールの概念が実践家に示す最大の示唆は、「不確実性に抗って予測精度を上げようとするエネルギー」を「行動してコミットメントを積み上げるエネルギー」に転換することの有効性である。
「まず調査してから動く」ではなく「まず動いて学ぶ」。「リターンが読めたら投資する」ではなく「失える範囲で今すぐ始める」。これらの転換がすべて、非予測的コントロールという一つのロジックから導かれる実践的帰結である。
引用・参考文献
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.