目次
導入——「おまけ」が「本命」を超えた瞬間
ビジネスの世界では、顧客が求めるものと企業が提供しようとするものが異なることがしばしば起こる。多くの企業はこのずれを「マーケティングの失敗」と捉え、当初の計画に固執する。
しかし、William Wrigley Jr.は顧客が本当に求めているものに素直に従い、石鹸販売業からチューインガム製造業へと大胆に転換した。この判断が、後に世界最大のガム企業Wrigley Companyを生み出すことになる。エフェクチュエーション理論のレモネード原則——予期せぬ事態を梃子として活用する——を、19世紀末の米国で実践した先駆的事例である。
企業・人物の概要——生粋のセールスマン
William Wrigley Jr.——おまけの天才
William Wrigley Jr.(1861-1932)は、ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれの実業家である。13歳で父親の石鹸工場で働き始め、セールスマンとしての才能を若くして発揮した。
1891年、29歳のWrigleyはシカゴに移り、父親の石鹸を販売する事業を開始した。Wrigleyのセールス戦略の核心は**「おまけ」の提供**であった。商品そのものの品質だけでなく、付加価値としてのおまけが顧客の購買意欲を刺激することを、Wrigleyは直感的に理解していた。
段階的な転換のプロセス
Wrigleyのビジネス転換は、一夜にして起こったものではない。石鹸→ベーキングパウダー→ガムという三段階の転換プロセスを経ている。各段階において、Wrigleyは顧客の反応という「予期せぬ情報」を事業判断の根拠としていた。
イノベーションの経緯——三度の転換
第一の転換:石鹸からベーキングパウダーへ(1891年)
シカゴで石鹸販売を開始したWrigleyは、販売促進のために石鹸にベーキングパウダーをおまけとして添付した。すると、小売店から**「石鹸よりもベーキングパウダーのほうが人気がある」**という声が寄せられた。
多くの販売者であれば、おまけの人気を「面白い現象」として片づけ、石鹸販売に注力し続けるだろう。しかし、Wrigleyは顧客の声に従い、主力商品をベーキングパウダーに切り替えた。石鹸はおまけの位置に降格し、ベーキングパウダーが主役となった。
第二の転換:ベーキングパウダーからガムへ(1892-1893年)
ベーキングパウダー販売においても、Wrigleyは同じ戦略を採用した。販売促進のために、ベーキングパウダーにチューインガムをおまけとして添付したのである。
結果は前回と同様であった。小売店や顧客から、ベーキングパウダーよりもガムのほうが人気が高いというフィードバックが寄せられた。Wrigleyは再び顧客の声に従い、1893年にチューインガムを主力商品とする決断を下した。
ガム事業の確立(1893-1910年代)
1893年、Wrigleyは**「Juicy Fruit」と「Wrigley’s Spearmint」**の二つのブランドを発売した。積極的な広告戦略と全米規模の販売網構築により、Wrigley Companyは急速に成長した。
Wrigleyの広告手法は革新的であった。電話帳に掲載された全米の住所にガムのサンプルを郵送するなど、大規模なサンプリング戦略を展開した。1915年には、米国内の150万件の電話帳掲載住所にSpearmintガムを4本ずつ送付するキャンペーンを実施している。
世界的企業への発展
20世紀を通じて、Wrigley Companyはチューインガム市場で圧倒的な地位を確立した。2008年にMars社に約230億ドルで買収されるまで、Wrigley家が経営権を維持し続けた。石鹸のおまけから始まった事業が、世界最大のガム製造企業へと成長したのである。
エフェクチュエーション原則の分析——「レモネード」の連続的実践
顧客フィードバックの「レモネード」化
Sarasvathy(2001)は、レモネード原則において予期せぬ出来事を活用すべき機会として捉えることの重要性を述べている(Sarasvathy, 2001, p. 252)。Wrigleyの事例では、「おまけのほうが人気がある」という予期せぬ顧客フィードバックが「レモン」であった。
本来、おまけは主力商品の販売を促進するための補助的手段である。**おまけが主力商品より人気であるという事実は、当初の事業計画にとっては「不都合な真実」**であった。しかし、Wrigleyはこの不都合な真実を事業転換の機会として活用した。
手段と目的の柔軟な入れ替え
Sarasvathy(2008)の枠組みでは、エフェクチュエーション的な起業家は手段と目的を固定的に捉えず、柔軟に入れ替える(Sarasvathy, 2008, pp. 15-16)。Wrigleyの事例はこの原則を端的に示している。
石鹸が「目的」でベーキングパウダーが「手段(おまけ)」であった関係が逆転し、次いでベーキングパウダーが「目的」でガムが「手段(おまけ)」であった関係も逆転した。手段と目的の二重の入れ替えが行われたのである。
段階的なコミットメントと許容可能な損失
Wrigleyの転換プロセスで注目すべきは、一度にすべてを賭けたのではなく、段階的に事業を移行した点である。Sarasvathy(2008)の「許容可能な損失」の原則と整合的に、各段階での転換は失っても耐えられる範囲内で行われていた(Sarasvathy, 2008, pp. 55-60)。
石鹸からベーキングパウダーへの転換では、石鹸事業を完全に放棄したわけではなく、重点を移しただけであった。同様に、ベーキングパウダーからガムへの転換も段階的に行われた。
顧客を「共同創造者」として捉える
Read et al.(2016)は、エフェクチュエーション的な起業家がステークホルダーを事業の共同創造者として捉えると論じている。Wrigleyの事例では、**小売店や消費者が事業の方向性を決定した「共同創造者」**であった。
Wrigleyが行ったのは、顧客の行動を注意深く観察し、その行動が示す方向に事業を合わせることであった。これは「市場調査に基づく計画的な意思決定」ではなく、**「顧客の自発的な行動に基づくエフェクチュエーション的な意思決定」**であった。
実務への示唆——顧客の「予想外の行動」に従う勇気
Wrigleyの事例から、実務家は以下の示唆を得ることができる。
第一に、自社の「おまけ」や「副次的機能」が主力商品以上に顧客に評価されている場合、事業の再定義を検討すべきである。顧客が真に求めているものは、企業が提供しようとしているものとは異なる場合がある。その「ずれ」を認識し、顧客の声に従う柔軟性がレモネード原則の実践である。
第二に、事業転換は一度で完結するものではなく、複数回にわたる可能性があることを認識すべきである。Wrigleyは石鹸→ベーキングパウダー→ガムという三段階の転換を経ている。最初の転換が最終形態とは限らず、継続的に顧客の反応を観察し続けることが重要である。
第三に、「不都合な真実」を受け入れる組織文化を構築することである。おまけのほうが人気があるという事実は、経営者のプライドにとっては受け入れがたいものかもしれない。しかし、市場の声を素直に受け止める謙虚さが、予期せぬ機会の活用には不可欠である。
「レモネードの原則」での原則解説と「エフェクチュエーション事例集」も参照されたい。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243-263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Redmond, S. R. (2012). Wrigley: The Man and His Empire. In Built on Chocolate: The Story of the Hershey Company. University of Illinois Press.
- Brenner, J. G. (1999). The Emperors of Chocolate: Inside the Secret World of Hershey and Mars. Random House.