比較分析 | 論文 NEW

機会の発見か創造か——Shane-Sarasvathy論争

起業機会は「発見」されるものか「創造」されるものか。Shane (2003) のdiscovery theoryとSarasvathy (2001) のcreation theoryの論争を解説し、Alvarez & Barney (2007) の統合的視座を論じる。

約11分
目次

起業機会はどこにあるのか

起業家研究における最も根本的な問いの一つは、起業機会(entrepreneurial opportunity)の存在論的地位に関するものである。機会は起業家の行為とは独立に「そこにある」ものなのか、それとも起業家の行為を通じて「つくられる」ものなのか。この問いをめぐって、2000年代以降の起業家研究は大きな論争を経験してきた。

Shane & Venkataraman(2000)は、起業家研究の領域を「機会の発見・評価・活用」として定義し、この分野に決定的な方向性を与えた。彼らの定義によれば、起業機会とは新しい手段-目的関係の導入を可能にする状況であり、市場に存在する情報の非対称性や需給の不均衡から生じる(Shane & Venkataraman, 2000, p. 220)。この見方は**「発見理論(discovery theory)」**と呼ばれ、起業家研究の主流を形成してきた。

Shane の発見理論:客観的に存在する機会

Shane(2003)は、起業機会が起業家の認識とは独立に客観的に存在するという立場を体系的に展開した。この見方の知的ルーツは、オーストリア学派経済学者 Kirzner(1973)の「アラートネス(alertness)」理論にある。Kirzner によれば、市場には常に利用されていない利益機会が存在しており、特別な注意力(アラートネス)を持つ個人がそれを「発見」する。起業家は機会を創造するのではなく、他の人々が見落としている既存の機会に「気づく」のである(Kirzner, 1973, pp. 35–47)。

発見理論の認識論的前提は明確である。機会は客観的な現象であり、起業家はそれを正確に認識できるかどうかが問われる。ある人が機会を発見し、別の人がそれを見逃すのは、両者の持つ事前知識(prior knowledge)、認知的枠組み、情報へのアクセスが異なるためである(Shane, 2003, pp. 45–62)。この見方においては、起業家と非起業家の違いは「機会を見つける能力」の差に帰着する。

Sarasvathy の創造理論:行為を通じて構成される機会

Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論は、これとは根本的に異なる認識論的前提に立つ。エフェクチュエーションの観点からすれば、起業機会は起業家の行為とは独立に存在するものではなく、起業家とステークホルダーの相互作用を通じて「創造」される(Sarasvathy, 2001, p. 250)。

この**「創造理論(creation theory)」**においては、起業家が手持ちの手段(Who I am, What I know, Whom I know)から出発し、パートナーからコミットメントを獲得し、予期せぬ偶然を活用するプロセスの中で、機会は事後的に姿を現す。機会は「発見」の対象ではなく、行為の帰結である。料理のアナロジーでいえば、冷蔵庫の中にある食材から何を作るかは、事前にレシピが存在するのではなく、調理の過程で決まっていく(Sarasvathy, 2008, pp. 15–20)。

認識論的前提の対立

この2つの立場の違いは、単なる理論的ニュアンスの差ではない。存在論と認識論のレベルでの根本的な対立である。

観点発見理論創造理論
機会の存在客観的に存在する行為を通じて構成される
起業家の役割機会を認識する機会を創造する
知的ルーツKirzner, HayekSimon, Weick
情報の役割非対称性が機会を生む情報自体が行為の中で生まれる
リスクの性質計算可能なリスクナイト的不確実性

Alvarez & Barney の統合的比較フレームワーク

Alvarez & Barney(2007)は、この論争に対して構造的な比較フレームワークを提示し、両理論を「対立」ではなく「異なる状況への適用」として整理する道を開いた。彼らの分析によれば、発見理論と創造理論は3つの次元——意思決定の文脈、機会形成のプロセス、資源獲得の方法——において体系的に異なる(Alvarez & Barney, 2007, pp. 15–18)。

発見理論が想定する状況では、産業構造の変化や技術革新によって外生的に機会が生み出され、アラートな起業家がそれを認識してリスクを計算した上で資源を調達する。一方、創造理論が想定する状況では、環境自体が不確定であり、起業家の行為が環境を形成していく。この場合、リスク計算は不可能であり、起業家は反復的な行為の中で漸進的に学習しながら機会を構築していく。

Alvarez & Barney(2007)の重要な貢献は、どちらの理論が「正しい」かという問いを棄却し、両者が異なる種類の起業プロセスを記述していると主張した点にある。既存市場における技術代替のような機会は「発見」として記述するのが適切であり、まったく新しい市場を創出するような機会は「創造」として記述するのが適切である(Alvarez & Barney, 2007, p. 20)。

実証研究の困難と方法論的課題

この論争が容易に決着しない理由の一つは、実証的な検証が極めて困難であるという点にある。機会が「発見」されたのか「創造」されたのかを事後的に判別することは、原理的に難しい。ある起業家が成功した事業について「もともとそこに機会があった」と解釈することも、「起業家の行為によって機会が生まれた」と解釈することも、同じ事象に対して可能だからである。

この方法論的困難に対して、Ramoglou & Tsang(2016)は**批判的実在論(critical realism)**の立場からの統合を試みた。彼らは、機会を「現実化されていないが現実化可能な傾向性(unactualized tendency)」として捉えることを提案する。この見方では、機会は客観的に存在するが、それは潜在的な傾向性として存在するのであり、起業家の行為によって現実化(actualize)される(Ramoglou & Tsang, 2016, pp. 415–420)。水が凍る傾向性は温度に関わらず存在するが、実際に凍るかどうかは条件次第であるのと同様に、起業機会は潜在的に存在するが、特定の起業家の行為と文脈によって現実化される。

論争が示す起業家研究の深層

この論争は、起業家研究の成熟度を示すものでもある。Shane-Sarasvathy 論争は、単に「どちらが正しいか」を超えて、起業プロセスの多様性を理論的に捉えるための概念的基盤を提供した。Welter & Gartner(2016)が指摘するように、起業家精神は単一の理論で包括できるほど均質な現象ではない。発見理論が捉える機会認識のプロセスと、創造理論が捉える機会構成のプロセスは、いずれも現実の起業において観察される

実務的な含意として重要なのは、自身が直面している状況がどちらの理論に近いかを見極めることである。既存の産業構造の隙間を突くような事業構想であれば、発見理論的なアプローチ——市場調査、競合分析、情報収集——が有効である。一方、前例のない新市場を構築しようとする場合には、創造理論的なアプローチ——手持ちの手段からの出発、パートナーとの共創、偶然の活用——が適切である。重要なのは、一つの理論的レンズだけで起業の全体を捉えようとしないことである。

関連記事として「エフェクチュエーションとは何か」「市場創造理論」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Shane, S. (2003). A General Theory of Entrepreneurship: The Individual-Opportunity Nexus. Edward Elgar Publishing.
  • Kirzner, I. M. (1973). Competition and Entrepreneurship. University of Chicago Press.
  • Alvarez, S. A., & Barney, J. B. (2007). Discovery and creation: Alternative theories of entrepreneurial action. Strategic Entrepreneurship Journal, 1(1–2), 11–26.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Ramoglou, S., & Tsang, E. W. K. (2016). A realist perspective of entrepreneurship: Opportunities as propensities. Academy of Management Review, 41(3), 410–434.
  • Welter, F., & Gartner, W. B. (2016). A research agenda for entrepreneurship and context. Edward Elgar Publishing.

参考書籍

関連する記事

  1. 01 エフェクチュエーションとアジャイル開発の統合フレームワーク
  2. 02 OKRとエフェクチュエーション――目標設定の哲学的対比
  3. 03 両利き経営——コーゼーションとエフェクチュエーションの統合
  4. 04 エフェクチュエーションにおけるピボットの再解釈——偶発性の戦略的活用
  5. 05 エフェクチュエーションとブリコラージュの統合フレームワーク——概念的境界の厳密化