比較分析 | 論文 NEW

コーゼーション vs エフェクチュエーション——再考:両ロジックの動的共存と境界条件

コーゼーションとエフェクチュエーションは対立するのか、共存するのか。Sarasvathy(2008)、Wiltbank et al.(2006)、Read et al.(2009)の研究を横断し、2つの意思決定ロジックが切り替わる条件と、実践者が陥りがちな「どちらかを選べ」という誤解を論じる。

約21分
目次

Sarasvathy(2008)は、コーゼーションとエフェクチュエーションをどちらか一方を選ぶ代替関係としてではなく、文脈に応じて使い分け・組み合わせる相補的な2つのロジックとして整理している。問うべきは「どちらを使うか」ではなく「いつ、どのような組み合わせで、どちらが適切か」である。

「どちらが正しいか」という問い自体が誤っている

エフェクチュエーション理論を学んだ実務者が最初に陥る誤解がある。「コーゼーションは古い思考で、エフェクチュエーションこそが正しい起業家の姿勢だ」 という解釈である。エフェクチュエーションを実践する起業家の多くは、この二項対立の誤解から出発し、それを克服する過程で理論の真価に気づく。

この誤解は理解できる。Sarasvathy(2001)の論文は、MBAが教える因果論的アプローチと、熟達起業家の実際の思考プロセスの乖離を鮮明に描き出した。読み方によっては、コーゼーションへの批判として映る。しかし Sarasvathy(2008)は、原著書のなかで繰り返し訂正している。コーゼーションとエフェクチュエーションは代替関係にない。文脈に応じて使い分け、あるいは同時並行で活用する相補的な2つのロジックである——これが Sarasvathy(2008)が一貫して主張する立場だ。

2001年の論文から四半世紀が経ち、この理論に関する実証研究と批判的考察が蓄積された今、改めて問い直す価値がある。コーゼーションとエフェクチュエーションは、どのような条件でそれぞれ有効なのか。そして、2つのロジックはどのように動的に共存し得るのか。

Sarasvathy の原典が示す「対立」の限界

エフェクチュエーションとコーゼーションの基本的な構造的差異については、既存記事「エフェクチュエーション vs コーゼーション——起業家の2つの意思決定ロジックの根本的差異」および「エフェクチュエーションとコーゼーションの違い——2つの意思決定ロジックを徹底比較」で詳細に論じた。本記事はその先、「どちらを選ぶか」という問いを超えた地点からスタートする。

Sarasvathy(2001)が最初の論文で提示したのは、2つのロジックの「概念的対比」であった。起業家27名を対象にしたシンク・アラウド実験は、熟達起業家がコーゼーション的思考よりもエフェクチュエーション的思考を多用することを示した(Sarasvathy, 2001, pp. 244–247)。ただしこの発見は「熟達起業家はエフェクチュエーションだけを使う」を意味しない。実験では、被験者は両方のロジックを場面に応じて切り替えていた(Sarasvathy, 2008, p. 88)。

この「切り替え」が無秩序ではないという点が核心だ。どのような条件でどちらのロジックが前面に出るか——この問いに答えるために、後続の研究者たちが切り込んだのが境界条件の探索であった。

Wiltbank et al.(2006)の4象限——予測とコントロールの独立性

境界条件の議論に最も系統的な枠組みを提供したのが、Wiltbank, Dew, Read, & Sarasvathy(2006)が Strategic Management Journal に発表した論文「What to do next? The case for non-predictive strategy」である(pp. 981–998)。

Wiltbank et al.(2006)の核心的な問いは、「予測(Prediction)とコントロール(Control)は別個の変数である」という認識から始まる(p. 983)。

多くの経営フレームワークは、予測とコントロールを連動したものとして扱う。「未来を精緻に予測すれば、それに基づく計画を立て、コントロールできる」というロジックだ。これはコーゼーションの典型的な思考構造である。

しかし Wiltbank et al.(2006)は、予測とコントロールを独立した2軸として扱うことで、4つの戦略ロジックが存在することを示した(pp. 984–987)。この4象限モデルの詳細は「非予測的戦略の理論的基盤——Wiltbank・Dew・Read・Sarasvathy(2006)SMJ論文の完全解読」に譲るが、ここでは再考の文脈で重要な点に絞る。

「計画(Planning)」はコーゼーションの極北

4象限のうち、予測志向・高 × コントロール志向・高の象限を Wiltbank et al.(2006)は「変容(Transformation)」と呼ぶ(p. 987)。高精度の予測に基づいて積極的に環境を変革しようとする戦略ロジックである。コンサルティングファームが提供する大規模変革プログラムや、グローバル企業の長期戦略計画がここに入る。

この象限でコーゼーションは最も威力を発揮する。市場が安定し、需要予測の精度が高く、競合の行動がある程度読める状況では、精緻な計画を立て、それを実行し、KPIでモニタリングするという因果論的アプローチが機能する(Wiltbank et al., 2006, p. 986)。

コーゼーションが崩壊する閾値

問題は、このアプローチが「予測の精度」に根本的に依存していることだ。Wiltbank et al.(2006)が示したのは、市場の不確実性が一定の閾値を超えた瞬間、コーゼーションの前提そのものが崩れるという構造的な問題である(p. 990)。

予測の精度が下がれば、最適な手段の選択も崩れる。期待リターンの計算は誤差を含んだ前提の上に成立している。「より精緻に分析すればよい」という解決策は、根本的な不確実性の問題には効かない。これが、Sarasvathy(2001)がエフェクチュエーションを「ナイトの不確実性(Knightian uncertainty)のもとで有効な意思決定ロジック」として位置づけた理由でもある(Sarasvathy, 2001, pp. 247–248)。

ナイトの不確実性とエフェクチュエーションの関係については「ナイト的不確実性とエフェクチュエーション」をあわせて参照

Welter & Kim(2018)のシミュレーション——「75%閾値問題」

境界条件の探索において、理論的・実験的研究と並んで重要な貢献をしたのがコンピュータ・シミュレーション研究である。

Welter & Kim(2018)は Journal of Business Venturing に発表した論文「Effectuation under risk and uncertainty: A simulation model」で、エージェントベースモデル(ABM)を用いてコーゼーション的エージェントとエフェクチュエーション的エージェントが競合する仮想市場のパフォーマンスを比較した。詳細な分析は「シミュレーション研究が示す境界条件——75%閾値問題」で論じているが、ここで再考の観点から重要な知見を取り上げる。

Welter & Kim(2018)のシミュレーションが示した最も示唆に富む結果は、市場の予測精度が高い段階(おおよそ75%以上の確実性)ではコーゼーション的エージェントが優位を保つという発見だ。予測が機能する環境では、最適手段の選択による期待リターン最大化が効く。

逆に、予測精度が75%を下回る段階——不確実性が支配する領域——では、エフェクチュエーション的エージェントが明確に優位になる。予測への依拠そのものがリスク要因に転化するためだ(Welter & Kim, 2018, pp. 106–110)。

そして最も興味深いのは、この閾値付近の中間領域における両者の関係だ。この帯域では、どちらか一方が一貫して優位というわけではなく、パートナーシップの形成速度や市場参入タイミングといった具体的な条件によって結果が変動する。

シミュレーション知見の実践的含意

この「75%閾値」は実務上の絶対的な目安ではない。ただ概念として投げかける問いは明快だ——「どちらのロジックを使うか」という選択は、環境の不確実性レベルをまず正直に診断しなければ始まらない

ほとんどの実務者は、自分が直面している状況の不確実性レベルを過小評価する傾向がある。「まだ予測できる」と思って精緻な計画を立てる一方で、市場は想定外の動きをする。このギャップが、コーゼーション的アプローチへの過信を生む。

実践者が誤解する「どちらかを選べ」問題

ここまでの議論で浮かび上がった論点がある。2つのロジックの「境界条件」は、実際には固定されていない

多くの事業は、立ち上げ期と拡大期でその性格が根本的に変わる。初期段階では市場が未形成で不確実性が高い——エフェクチュエーションが有効な領域だ。しかし、製品・市場フィット(PMF)を見つけ、事業が軌道に乗ると状況は変わる。繰り返し可能なプロセスが生まれ、需要の予測可能性が高まる。この段階で引き続きエフェクチュエーション的なアドホック対応を続けることは、むしろスケーラビリティを阻害する。

Sarasvathy(2008)はこの移行を重要な論点として整理している。エフェクチュエーション的プロセスによって市場が形成され、不確実性が低下した段階で、コーゼーション的な計画と管理が機能する構造が生まれる。

エフェクチュエーションはコーゼーションに「対抗する」理論ではなく、コーゼーションが前提とする「安定した予測可能な市場」を「創る」プロセスの理論だ——これが再考の中心的な命題である。

動的共存の3パターン

Sarasvathy(2008)および Welter & Kim(2018)の知見を統合すると、2つのロジックの共存パターンとして以下の3つが浮かび上がる。

パターン1:フェーズ移行型(Phase Shift) 立ち上げ期にエフェクチュエーション → PMF後にコーゼーションへ移行する。スタートアップが製品開発初期にリーン・スタートアップ(エフェクチュエーション的要素を持つ)でPMFを探索し、スケール段階でコーゼーション的な成長計画に切り替えるパターンがこれに近い(Sarasvathy, 2008, pp. 103–108)。時系列のなかで2つのロジックが「バトンを渡す」構造だ。

パターン2:領域分散型(Domain Split) 同一組織内で、既存事業(コーゼーション)と新規事業(エフェクチュエーション)を並走させる。大企業がコアビジネスを精緻な計画で運営しながら、新規事業部門にエフェクチュエーション的な意思決定を許容する「両利きの経営」に近い発想だ(Sarasvathy, 2008, pp. 105–108)。

パターン3:問い別ロジック型(Question-Specific) 最も実践的なのがこのパターンかもしれない。同一の意思決定者が、問いの性質によってロジックを切り替える。「このパートナーとどう組むか」はエフェクチュエーション的に(クレイジーキルト原則)、「既存サービスの来期売上をどう達成するか」はコーゼーション的に(KPI設定と計画実行)——この混合使用が、熟達した起業家・経営者に実際に観察される姿だ(Sarasvathy, 2008, p. 88)。また、資源配分の局面では 許容可能な損失原則 をエフェクチュエーション的判断軸として活用し、損失上限をコーゼーション的に数値管理するという組み合わせも、この問い別ロジック型の典型的な現れ方である。

Perry et al.(2012)の批判——測定問題への応答

この再考の文脈で、Perry, Chandler, & Markova(2012)の批判的考察を無視することはできない。

Perry et al.(2012)は2001年から2011年の実証研究を横断的に分析し、エフェクチュエーションとコーゼーションの構成概念の操作化が研究間で著しく不一致であることを指摘した(Perry et al., 2012, pp. 838–841)。詳細は「エフェクチュエーション理論の成熟と論争」に記したが、この批判は「どちらが有効か」という実証研究そのものの信頼性に疑義を投げかけるものだ。

Perry et al.(2012)の批判が正しいとすれば、境界条件の議論もまた、測定問題に悩む実証研究の上に立っており、慎重に受け取る必要がある。

これに対する現在のコンセンサスは、個々の研究の測定の違いを認めつつも、理論的枠組みとしての有用性は損なわれない、というものだ(Read et al., 2011, Effectual Entrepreneurship, p. 218)。ナイトの不確実性のもとで手段から出発するロジックが存在する、という概念的命題は、測定の問題によって無効化されるものではない。

実務者への含意——「どちらを使うか」より「今どこにいるか」

この再考が示す実務上の含意は、「エフェクチュエーションを使え」でも「コーゼーションを使え」でもない。

まず問うべきは、「自分は今どの状況にいるか」だ。

  • 市場は安定しているか、それとも形成途上か
  • 競合の行動は予測可能か、それとも高度に不確実か
  • 手元にある資源から始めるべきか、不足資源を調達すべきか
  • 目標は固定されているか、まだ動的に形成される段階か

これらの問いへの答えが、どちらのロジックを前面に立てるべきかを示す。そして多くの現実の状況は、この問いに対して明確な答えを出しにくい「中間領域」にある。

その中間領域で有効なのが、パターン3(問い別ロジック型)の混合使用だ。財務計画や調達計画はコーゼーション的に立て、新しいパートナーシップの形成や予期せぬ市場機会への対応はエフェクチュエーション的に動く。予期しない出来事をレバレッジに変える姿勢については レモネード原則 も参照されたい。2つのロジックは、同じ起業家の中で共存できる。 どちらかを「正しい」と決めた瞬間、残りの半分を捨てることになる。

なお、境界条件の議論は現時点の研究が示す知見であり、ナイトの不確実性のもとでの実証的検証は方法論的な課題を抱えている(Perry et al., 2012)。本記事で示した「75%閾値」を含む数値的目安は、概念的な議論の補助として受け取ることが適切であり、実務上の固定的な判断基準として用いることは想定されていない。

関連記事

参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of entrepreneurial expertise. Edward Elgar.
  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), 837–861.
  • Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
  • Welter, C., & Kim, S. (2018). Effectuation under risk and uncertainty: A simulation model. Journal of Business Venturing, 33(1), 100–116.
  • Knight, F. H. (1921). Risk, uncertainty and profit. Houghton Mifflin.

参考書籍

関連する記事

  1. 01 エフェクチュエーションとブルー・オーシャン戦略——市場創造の2つのロジック
  2. 02 許容損失と検証学習をどう両立するか——エフェクチュエーション×リーンスタートアップ統合モデル
  3. 03 非予測的戦略の理論的基盤——Wiltbank・Read・Dew・Sarasvathy(2006)SMJ論文の完全解読
  4. 04 エフェクチュエーション vs コーゼーション——起業家の2つの意思決定ロジックの根本的差異
  5. 05 コーゼーション vs エフェクチュエーション——境界条件の再考
  6. 06 コーゼーション vs エフェクチュエーション — Sarasvathyの比較分析を再検討する