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「未来は発見するものか、創るものか」——起業家が直面する根本問い
新規事業を検討する場面で、必ず立ち現れる問いがある。「この機会は本当に存在するのか」という問いである。市場調査を重ねれば重ねるほど確信が持てなくなり、「調査が足りない」「もう少しデータを集めるべきだ」という判断が重なる。その結果、行動を起こす前に時間と資源を大量に消費してしまうという悪循環がある。
この悪循環の根底には、起業機会に関する一つの暗黙の前提がある。「機会はすでに外部に存在しており、それを正確に発見する者だけが勝つ」という前提である。市場規模(TAM/SAM/SOM)、競合分析、顧客インタビュー——これらのツールはすべて、「発見すべき機会が外部にある」という世界観から設計されている。
しかし、エフェクチュエーション理論(Sarasvathy, 2001)はこの前提を根底から問い直す。機会は起業家の行動とは独立に存在するのではなく、起業家とステークホルダーの相互作用を通じて「創造される」のだとSarasvathyは主張した(Sarasvathy, 2001, p. 250)。この「発見(Discovery)」か「創造(Creation)」かという問いは、起業家研究における最も根本的な論争の一つであり、その答えが実践的な行動設計に直結する。
Discovery(発見)論とは——市場機会は既に存在している
発見論(Discovery Theory)の起源は、オーストリア学派経済学者Kirzner(1973)の「アラートネス(alertness)」理論にある。Kirznerの主張は明快だ。市場には常に利用されていない利益機会が存在しており、特別な鋭敏さを持つ個人がそれを「発見」する。起業家は機会を生み出すのではなく、他の人々が見落としている既存の機会に「気づく」のだというのである(Kirzner, 1973, pp. 35–47)。
Shane(2003)はこの発見論を体系化した。起業機会が起業家の認識とは独立に客観的に存在するという立場から、情報の非対称性(ある人が持つ知識を別の人が持っていない状態)が機会を生み出すと論じた。Shane & Venkataraman(2000)は起業家研究全体を「機会の発見・評価・活用」として定義し、これが2000年代の起業家研究の主流フレームとなった。
発見論の認識論的前提は明確である。機会は客観的な現象であり、起業家が問われるのはそれを正確に認識できるかどうかだということだ。優れた起業家と平凡な起業家の違いは、「機会を見つける能力」の差に帰着する。この論理は直感的に分かりやすく、市場調査、顧客インタビュー、TAM算出といった現在広く普及したビジネスツールの知的基盤となっている。
Creation(創造)論とは——機会はアクションで生まれる
創造論(Creation Theory)は、発見論の認識論的前提を根本から覆す。Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論はその中核的な主張として、「起業機会は起業家の行為とは独立に存在するものではなく、起業家とステークホルダーの相互作用を通じて創造される」という命題を打ち出した(Sarasvathy, 2001, p. 250)。
この立場においては、起業家が手持ちの手段(Who I am / What I know / Whom I know)から出発し、パートナーからコミットメントを獲得し、予期せぬ偶然を活用するプロセスの中で、機会は事後的に姿を現す。機会は「発見」の対象ではなく、「行為の帰結」である。
Sarasvathy(2008)の料理のアナロジーはこの点を分かりやすく説明する。腕の良い料理人は「今日何を作るか」を先に決めてから食材を調達するのではなく、冷蔵庫の中にある食材から作れるものを考える。レシピ(目標)が先にあるのではなく、食材(手段)が先にある。調理の過程で完成形が決まっていく——これが創造論の論理である(Sarasvathy, 2008, pp. 15–20)。
Alvarez & Barney(2007)はこの2理論を「対立」ではなく「異なる状況への適用」として比較整理した。発見理論は外生的に市場機会が生じる状況(技術革新による産業構造変化など)を適切に記述し、創造理論は環境自体が不確定であり起業家の行為が環境を形成していく状況を適切に記述すると論じた(Alvarez & Barney, 2007, pp. 15–18)。
エフェクチュエーションはなぜ Creation 側に立つのか
エフェクチュエーションが創造論の立場を採るのは、ナイトの不確実性(Knightian Uncertainty)という概念と深く結びついている。Knightian Uncertaintyとは、結果の確率分布自体が不明であるような不確実性を指し、計算可能なリスクとは区別される(Knight, 1921)。
Sarasvathy(2001)の出発点は、専門家(熟達した起業家)が高度なナイト的不確実性に直面した時にどのような論理で意思決定するかという問いであった。シンクアラウドプロトコル(思考発話法)を用いて27名の起業家の実際の推論プロセスを記録した同研究の結論は明確であった。熟達した起業家の多くは、予測に基づいて最適な手段を選ぶ(コーゼーション)のではなく、手持ちの手段から実現可能な目標の集合を展開する(エフェクチュエーション)という論理を使っていた(Sarasvathy, 2001, pp. 251–252)。
なぜナイト的不確実性の下では創造論が適合するのか。理由は構造的である。発見論が機能するには「発見すべき機会が先に存在する」という前提が必要である。しかし、真に新しい市場が生まれる領域では、その市場はまだ存在しない。Airbnb が創業される前に「個人間宿泊共有市場」の TAM を正確に算出した市場調査は存在しなかった。スマートフォンが登場する前に「モバイルアプリ市場」の規模を予測したアナリストはいなかった。発見すべき機会がない場所で発見論を適用することは、存在しない答えを探し続けることと同義である。
創造論は、この問題を解決する。起業家は機会を探すのではなく、手持ちの手段から出発して行動し、ステークホルダーとの相互作用を通じて機会を「作る」。Alvarez & Barney(2007)はこれを「まったく新しい市場の創出に特に適した理論」と評した(p. 20)。
Makeable Markets(作れる市場)論との接続
エフェクチュエーションの創造論は、Sarasvathy(2008)における**「Makeable Markets(作れる市場)」の概念に直結する。Makeable Marketsとは、市場は外部に固定された実体として存在するのではなく、起業家とステークホルダーの行動・コミットメント・相互作用を通じて内生的に形成される(endogenous)**という主張である(Sarasvathy, 2008)。
この概念と既存のマーケティング理論との対比は鮮明だ。STP分析(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)は、市場を所与の実体として前提し、そこへの最適な参入を設計するツールである。Makeable Markets論は、この前提を覆す。市場は「所与のもの」ではなく「行為で作るもの」なのだとすれば、STPを行う前段階で、「どの市場を作るか」という問いが先行するはずだからである。
Read et al.(2009)はこの論理を「非予測的コントロール(non-predictive control)」と名付けた。コーゼーション論理は「未来を予測できる範囲においてそれをコントロールできる」という命題に基づく。エフェクチュエーションはこれを反転させる。「未来をコントロールできる限りにおいて、それを予測する必要はない」という命題が創造論の行動原理である(Read et al., 2009, p. 6)。
Makeable Marketsの議論は、effectuation.club の既存記事「市場の可塑性——エフェクチュエーションとS-Dロジックが描く市場共創論」で詳細に論じている。本記事はその哲学的・存在論的な基盤を補強するものとして読んでほしい。
Discovery-Creation論争が残した3つの論点
Shane-Sarasvathy 論争は「どちらが正しいか」では決着しなかった。Alvarez & Barney(2007)が両理論の統合的比較フレームワークを提示した後も、以下の3つの論点が研究コミュニティで議論されている。
第一の論点:実証的な検証の困難さ。 ある事例で機会が「発見」されたのか「創造」されたのかを事後的に判別することは原理的に難しい。同じ事象(例:スターバックスの成功)を「コーヒー文化という潜在的機会を発見した」とも「機会を行動によって創造した」とも記述できる。Ramoglou & Tsang(2016)は批判的実在論(Critical Realism)の立場から「機会は潜在的傾向性として実在するが、行為によって現実化される」という統合命題を提示したが、この論点はまだ未解決のままである(Ramoglou & Tsang, 2016, pp. 415–420)。
第二の論点:境界条件。 既存産業の技術代替のような場面では発見論の方が記述的精度が高く、まったく新しい市場を創出する場面では創造論の精度が高い——という境界条件の設定についても、いまだ研究が続いている。Welter & Gartner(2016)は「起業家精神は単一の理論で包括できるほど均質ではない」という文脈依存性の主張を強調した。
第三の論点:学習への示唆。 発見論の世界では「優れた起業家=機会を発見する能力が高い人」であり、教育は「機会発見の鋭敏さ」を高めることを目標にする。創造論の世界では「優れた起業家=手段から行動し機会を創造する人」であり、教育は「手段認識・実験・コミットメント獲得」の実践訓練を目標にする。エフェクチュエーション教育が創造論的な実践訓練を重視するのは、この理論的立場から論理的に導出される帰結である(Read et al., 2009)。
実践への示唆——「機会を探す」から「機会を作る」への転換
発見論から創造論への視点の転換は、日常的なビジネスの意思決定に具体的な影響を与える。以下に実践的な3つの示唆を整理する。
示唆1:「この市場は存在するか?」という問いを問い直す。 この問いそのものが発見論の世界観に基づいている。創造論的な問いは「この手段から、どんな市場を作れるか?」である。前者は市場の存在を確認しようとし、後者は手段から可能性を展開しようとする。同じリソースを持つ起業家でも、どちらの問いを出発点にするかで行動の範囲と速度が大きく変わる。
示唆2:「調査が足りない」という判断を疑う。 ナイト的不確実性の高い領域では、調査が増えても確信は高まらない。発見すべき市場がまだ存在しないからである。調査の代替として「小さな行動」と「ステークホルダーとの対話」が有効になる。PebbleがKickstarterで市場反応を先に確認したように、許容可能な損失の範囲内での実験が、最も信頼性の高い「調査」となる場合がある。
示唆3:「コントロールできる範囲」を広げることを優先する。 発見論では、市場の大きさや競合の動向——自分がコントロールできないものへの分析に時間を使う。創造論では、自分がコントロールできる行動の範囲を広げることが戦略的優先事項となる。ステークホルダーとの関係性の構築、実験から得た学習の活用、手持ちの手段の拡充——これらが「コントロールできる範囲の拡張」を意味する。
飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)原則との接続については、「飛行機のパイロットの原則——未来を予測するな、創造せよ」を参照されたい。
こうした問いを持つ読者にとくに有効である
- 「市場規模が不明で事業計画が承認されない」という状況にいる: 創造論的な視点で「Makeable Marketsとして提示する」という代替フレームが使える。Kickstarterモデルのように「コミットメントが集まるかどうかで市場の存在を実証する」アプローチが有効な場合がある
- 「競合調査をすればするほど参入障壁が高く見えてしまう」: 発見論的な市場分析をやめ、自分の手段から出発して「競合が存在しない領域に市場を作る」という創造論的なフレームへの転換が有効かもしれない
- 「スタートアップ研究や起業家教育に携わっている」: Discovery-Creation 論争は起業家教育の目標設定と直結する理論的論点である。本記事と「機会の発見か創造か——Shane-Sarasvathy論争」を合わせて読むことで理論的な整理ができる
- 「事業の方向性が定まらず、調査と計画のループから抜け出したい」: 創造論と許容可能な損失の組み合わせが、行動を先行させるための論理的根拠を提供する
次に読むべき記事
エフェクチュエーションの創造論的立場を理解した上で、以下の記事に進むことで理解が深まる。
- 機会の発見か創造か——Shane-Sarasvathy論争:Alvarez & Barney(2007)の比較フレームワークを含む学術的な論争の詳細
- 市場の可塑性——エフェクチュエーションとS-Dロジックが描く市場共創論:Makeable Marketsの概念をS-Dロジックと統合して論じた実践応用論
- 飛行機のパイロットの原則——未来を予測するな、創造せよ:創造論を体現するエフェクチュエーション第5原則の詳細解説
- 市場は「発見」されるのではなく「創造」される——エフェクチュエーションの市場創造理論:市場形成メカニズムの理論的解説
引用・参考文献
- Alvarez, S. A., & Barney, J. B. (2007). Discovery and creation: Alternative theories of entrepreneurial action. Strategic Entrepreneurship Journal, 1(1–2), 11–26.
- Kirzner, I. M. (1973). Competition and Entrepreneurship. University of Chicago Press.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Hart, Schaffner & Marx.
- Ramoglou, S., & Tsang, E. W. K. (2016). A realist perspective of entrepreneurship: Opportunities as propensities. Academy of Management Review, 41(3), 410–434.
- Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Shane, S. (2003). A General Theory of Entrepreneurship: The Individual-Opportunity Nexus. Edward Elgar Publishing.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Welter, F., & Gartner, W. B. (2016). A Research Agenda for Entrepreneurship and Context. Edward Elgar Publishing.
参考書籍
関連する記事
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