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エフェクチュエーションとブルー・オーシャン戦略——市場創造の2つのロジック

Kim & Mauborgne(2005)のブルー・オーシャン戦略とSarasvathy(2001)のエフェクチュエーションを、認知的出発点・意思決定ロジック・不確実性への対処という3軸で比較分析する。両者とも競争を回避した新たな価値空間の創造を志向するが、そのアプローチは対照的な方向から始まる。

約16分
目次

「競争を回避する」という共通の直観

「競争激化した市場で戦い続けることに何の意味があるのか」——この問いに対して、経営学は2つの強力な答えを提示した。

一つは、W. Chan Kim と Renée Mauborgne が2005年に体系化したブルー・オーシャン戦略(Blue Ocean Strategy)だ。競合他社が血で血を洗うレッド・オーシャンを離れ、誰も気づいていない未開拓の価値空間(ブルー・オーシャン)を創造することで、競争そのものを無意味にするという戦略論である(Kim & Mauborgne, 2005)。

もう一つは、Saras D. Sarasvathy が2001年に提唱したエフェクチュエーション理論だ。市場を所与のものとして分析するのではなく、起業家の行動とステークホルダーのコミットメントを通じて市場そのものを創造するという意思決定ロジックである(Sarasvathy, 2001)。

両者は「新たな市場・価値空間を自ら作り出す」という直観を共有する。しかし、その出発点・プロセス・不確実性への対処は、根本的に対照的だ。この違いを正確に理解することが、実務においてどちらをいつ使うかという問いに答える前提となる。

ブルー・オーシャン戦略の核心:分析から設計へ

価値革新(Value Innovation)という中心概念

ブルー・オーシャン戦略の中心概念は価値革新(Value Innovation)である。Kim & Mauborgne(2005)は、レッド・オーシャン型競争が「コスト削減か価値向上か」というトレードオフを前提にするのに対し、ブルー・オーシャン戦略はコストを削減しながら同時に買い手にとっての価値を高めることが可能だと論じた(p. 16)。

この価値革新を達成するための分析ツールがERRCグリッドである。既存の業界で「取り除く(Eliminate)」「減らす(Reduce)」「増やす(Raise)」「創造する(Create)」という4つの問いを通じて、従来の競争要因とは異なる価値曲線を設計する(pp. 29–31)。

戦略キャンバス(Strategy Canvas)は、業界の競争要因を横軸に、各プレイヤーの投資レベルを縦軸にとった図表であり、自社と競合他社の差異化状況を視覚化する。ブルー・オーシャン戦略は、この戦略キャンバスを「現状理解」ではなく「未来設計」のツールとして活用する(pp. 24–29)。

6つのパス・フレームワーク

Kim & Mauborgne(2005)は、ブルー・オーシャンを「どこで・どうやって見つけるか」を体系化した6つのパス・フレームワークを提示している(pp. 47–81)。

  • パス1: 代替産業を横断して考える(競合ではなく代替物を競争相手として定義し直す)
  • パス2: 業界内の戦略グループを横断する(価格帯・機能の組み合わせを再編する)
  • パス3: 購買チェーンにおける買い手グループを見直す(エンドユーザー・インフルエンサー・購買決定者の再定義)
  • パス4: 補完製品・サービスを見渡す(前後の文脈で解決されていない問題に目を向ける)
  • パス5: 機能志向と感情志向を転換する
  • パス6: 時間の流れを読む(トレンドの方向性から価値の再定義を行う)

ブルー・オーシャン戦略の認知的構造

上記の分析ツールが示すように、ブルー・オーシャン戦略の認知的プロセスは市場分析→価値曲線の設計→実行という順序で進む。つまり「将来の市場がどうあるべきか」を先に設計し、そこへ向けて行動する因果的(コーゼーション的)ロジックを採用している。

市場の輪郭は戦略家が先に描き、実行によってその輪郭を現実化する。不確実性は、詳細な市場分析と独自の設計フレームワーク(ERRCグリッド・6つのパス)によって削減しようとする。

エフェクチュエーションの核心:手段から始まる市場創造

Sarasvathy(2001)は27名の熟達した起業家のプロトコル分析を通じて、彼らが「目標から逆算して手段を調達する」のではなく「現在の手段から発散できる可能性を探索する」という、正反対の認知プロセスを用いていることを発見した(p. 245)。

エフェクチュエーション的起業家の出発点は手持ちの手段(Means at Hand)である——「自分が誰であるか(Who I am)」「自分が何を知っているか(What I know)」「自分が誰を知っているか(Whom I know)」という3カテゴリの手段から、今この瞬間に達成できる可能性を発散させる(Sarasvathy, 2001, p. 250)。

目標は行動の出発点ではなく、行動とステークホルダーのコミットメントの累積から創発する。Sarasvathy(2008)は、エフェクチュエーション的な市場を「設計される(Designed)」のではなく「人工物として創造される(Created as Artifact)」と表現している(p. 70)。

非予測的コントロール(Non-Predictive Control)

エフェクチュエーションにおける不確実性への対処は、ブルー・オーシャン戦略とは原理的に異なる。Wiltbank et al.(2006)が「非予測的コントロール(Non-Predictive Control)」と呼ぶように、エフェクチュエーション的起業家は未来を予測しようとするのではなく、コントロール可能な行動を通じて未来を直接作り出す(pp. 981–982)。

不確実性は削減の対象ではなく、活用の対象だ。予期せぬ出来事(レモネード原則)はむしろ積極的に機会として取り込まれ、当初の計画を超えた方向へと発展の余地が広がる(Sarasvathy, 2008, pp. 136–155)。

3軸の比較分析

軸1:認知的出発点

ブルー・オーシャン戦略エフェクチュエーション
何から始めるか市場分析(競争要因・業界構造)手持ちの手段(Who/What/Whom I Know)
市場はどこにあるか未発見だが先在する行動と対話によって創造される
目標の性格分析によって先に設定行動の中で創発・変容
戦略の主語戦略分析チーム(分析エキスパート)起業家個人(実践者)

ブルー・オーシャン戦略は、市場機会を「発見されることを待っている隠れた価値空間」として捉える。6つのパス・フレームワークとERRCグリッドは、その発見を体系化するツールだ。

エフェクチュエーションは、市場機会を「行動とコミットメントの累積によって生み出される人工物」として捉える(Sarasvathy, 2001, pp. 254–256)。発見ではなく創造、分析ではなく行動が基点となる。

軸2:意思決定ロジックと不確実性の扱い

ブルー・オーシャン戦略は予測的ロジックを採用する。詳細な市場分析・競合マッピング・戦略設計によって将来の価値曲線を先に描き、その実現に向けて経営資源を配備する。不確実性は、より精緻な分析フレームワークを適用することで管理しようとする。

エフェクチュエーションは非予測的ロジックを採用する(Wiltbank et al., 2006)。許容可能な損失の範囲内で実験的に行動し、その結果として得られる情報(ステークホルダーのコミットメント、市場の反応、予期せぬ機会)を次の行動に組み込む。予測精度ではなく、コントロール可能な行動の範囲を最大化することで不確実性に対処する。

重要な前提の差異: ブルー・オーシャン戦略は、優れた分析フレームワークを使えば「正しい戦略」を事前に設計できるという前提を含む。エフェクチュエーションは、将来は本質的に不確実であり「ナイト的不確実性(Knightian Uncertainty)」——確率計算が原理上できない種類の不確実性——の支配下にあるという認識から出発する(Sarasvathy, 2001, p. 245)。

軸3:市場創造のメカニズム

ブルー・オーシャン戦略エフェクチュエーション
市場創造の担い手戦略設計者が市場を「設計」起業家とステークホルダーが市場を「共創」
新市場の源泉競争要因の再編(ERRC)コミットメントの累積(Crazy Quilt)
ステークホルダーの役割実行の対象(顧客・パートナー)共創の主体(市場形成の参加者)
市場の境界設計された価値曲線が市場を定義コミットメントの束が市場の輪郭を形成

エフェクチュエーション理論において市場は、ステークホルダーたちが自発的なコミットメントを持ち寄ることで共創(Co-Creation)される(Sarasvathy, 2008, pp. 67–82)。各パートナーの参加がさらなる可能性を開き、当初は想定されていなかった市場の輪郭が形成されていく。市場は事前に「設計」されるのではなく、参加者の行動の積み重ねから「創発」する。

ブルー・オーシャン戦略では、市場の境界線は戦略設計段階で定義され、実行によってその境界内に市場を「作り上げる」プロセスが続く。市場創造は設計者の意図を実現するプロセスだ。

両理論が接点を持つ領域

対照的な2理論ではあるが、概念的に共鳴する領域もある。

非顧客(Non-Customers)への着目: Kim & Mauborgne(2005)は、既存顧客ではなく「非顧客」——現時点では自社の製品・サービスを使っていないが、潜在的に価値を見出す可能性のある人々——へのアプローチを重視する(pp. 101–126)。エフェクチュエーション的な「クレイジーキルト」的ステークホルダー探索と、着目点において共鳴する。誰もが競合他社のターゲットとしている顧客層の争奪を離れ、新しい価値提供先を探す発想は両理論に共通する。

競争優位より価値創造: 両理論とも、競合他社との直接比較・競争優位の構築というポーター的な戦略論から距離を置く。Kim & Mauborgne(2005)が「競争を無意味にする」と表現し(p. 4)、Sarasvathy(2008)が「市場を創造する人工物」と表現するように、既存市場の争奪戦を離れた新たな価値の創造が共通の関心軸である。

価値の束の再編: ERRCグリッドによる競争要因の取捨選択と、エフェクチュエーションの「手持ちの手段から発散する可能性」には、「既存の価値定義を前提としない」という姿勢の共通点がある。

どちらを・いつ使うか

2つの理論の使い分けは、不確実性のタイプ手元の資源量によって判断するのが実際的だ。

ブルー・オーシャン戦略が有効な条件:

  • 既存市場の構造がある程度見えており、業界の競争要因を分析できる情報がある
  • 戦略設計・分析に投入できる時間・人的資源がある
  • 「市場は先在する」という前提が成立する既存産業での新たな価値創造を目指している
  • 大企業・中堅企業が既存事業の隣接領域で新市場を開拓するケース

エフェクチュエーションが有効な条件:

  • 市場の輪郭がまだ見えず、分析の対象となる競争要因が定まっていない
  • 手元のリソースが限られており、大規模な市場調査・戦略設計に投じる余裕がない
  • 「ナイト的不確実性」が支配する環境(前例がない、確率計算が不可能)
  • スタートアップ初期、または組織内の新規事業の立ち上げ初期段階

統合的な活用:
2つの理論は排他的ではない。エフェクチュエーション的プロセスによって市場の輪郭が見え始めた段階で、ブルー・オーシャン戦略的な分析ツール(戦略キャンバス・ERRCグリッド)を使って価値創造の設計を精緻化するという組み合わせは、実務上有効な統合だ。「先に行動で可能性を探り、見えてきた価値空間をフレームワークで設計する」という順序は、高い不確実性下での新市場開拓に柔軟に対応できる。

結語:始まりの向きの違い

ブルー・オーシャン戦略もエフェクチュエーションも、「競争の外に出て新たな価値を作る」という直観を共有する。しかし両者はその直観に向かう方向が逆だ。

ブルー・オーシャン戦略は「どこに行くかを先に決め、そこへの道を設計する」——目標を設定し、分析フレームワークで道筋を明確にしてから動く。

エフェクチュエーションは「今いる場所から手が届く方向を探り、動きながら目的地を決める」——手持ちの手段を出発点に、コミットメントの累積を通じて目標と市場を同時に形成していく。

新たな市場を生み出したいとき、問うべき最初の問いは「どちらの理論が優れているか」ではなく「自分は今、どちらの出発点にいるか」だ。


引用・参考文献

  • Kim, W. C., & Mauborgne, R. (2004). Blue ocean strategy. Harvard Business Review, 82(10), 76–84.
  • Kim, W. C., & Mauborgne, R. (2005). Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant. Harvard Business School Press.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.

参考書籍

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