エフェクチュエーション vs ダイナミック・ケイパビリティ——Teece(2007)のsensing/seizing/reconfiguringと比較する

Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーションとTeece(2007)のダイナミック・ケイパビリティを、不確実性への対処ロジック・認知的出発点・適用対象という3軸で比較分析する。予測不可能な環境下で企業と起業家がどのように機会を発見・捉え・変革するかという問いを通じて、2理論の相補性と境界を明確にする。

約20分
目次

「機会を掴む」という問い——2つの理論が向き合う共通地点

経営学に「機会を掴む企業と掴めない企業の差はどこから来るのか」という問いがある。

Saras D. Sarasvathyはこの問いを起業家の認知レベルで解き明かした。熟達した起業家27名のプロトコル分析を通じて、彼女は「目標から手段へ」という因果的思考(コーゼーション)とは異なる意思決定ロジック——手持ちの手段から始め、コントロール可能な範囲で行動するエフェクチュエーション——を発見した(Sarasvathy, 2001)。

David J. Teece は同じ問いを組織能力のレベルで解いた。動態的な競争環境において持続的なパフォーマンスを生み出す企業に共通するのは、機会と脅威を**感知(Sensing)し、機会を捕捉(Seizing)し、自社の資源を再構成(Reconfiguring)**する能力だという。これがダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capabilities)理論の核心である(Teece, 2007)。

どちらの理論も「不確実性と変化が支配する環境でいかに成果を生み出すか」という問いに答えようとしている。しかしその問いへのアプローチ、前提となる認識論、そして実務への含意には根本的な差異がある。2つを混同したまま使うと、本来得られるはずの洞察を見逃す。

Teece(2007)の貢献:ダイナミック・ケイパビリティとは何か

まず、比較対象となるTeece(2007)のフレームワークを正確に理解する必要がある。

Teece(2007)の論文「Explicating Dynamic Capabilities: The Nature and Microfoundations of Sustainable Enterprise Performance」は、Strategic Management Journal の第28巻(pp. 1319–1350)に掲載された、引用数1万2000件を超えるこの分野の中心的な論文である。

ダイナミック・ケイパビリティとはTeece et al.(1997)で提唱され、Teece(2007)で精緻化された概念であり、「急速に変化する環境に対応するために、内外のコンピテンスを統合・構築・再構成する企業の能力」と定義される(Teece et al., 1997, p. 516)。この能力を持つ企業は、単に現在のリソースを活用する「普通のケイパビリティ(Ordinary Capabilities)」を超えて、その基盤となる資源・プロセスそのものを変革できる。

Teece(2007)はこのダイナミック・ケイパビリティを3つの高次能力クラスターに分類した(pp. 1322–1335)。

第1クラスター:センシング(Sensing)は、機会と脅威を感知・形成・較正する能力である。技術変化・顧客ニーズ・市場構造の変化をいち早く察知するために、企業は継続的なスキャニング・学習・解釈活動を行う必要がある。Teece(2007)はこれを「非常にスキャニング的・創造的・学習的・解釈的な活動」と位置づけている(p. 1322)。

第2クラスター:シージング(Seizing)は、感知した機会に向けて内外の資源を動員し、タイムリーに機会を捕捉する能力である。適切な時期に適切な意思決定モデルで投資を行い、新製品・サービス・プロセスを通じて機会を具体化することが含まれる(pp. 1326–1329)。

第3クラスター:リコンフィギュアリング(Reconfiguring)は、進化的適合性を維持し、不利なパス依存から脱却するために、有形・無形資産を継続的に整合・再構成する能力である(pp. 1335–1338)。これは変革的なビジネスモデルの刷新、買収・提携による能力補完、既存組織構造の解体と再編を含む。

Teece(2007)はさらに、これら3クラスターそれぞれのミクロ基盤(Microfoundations)——個人の認知・プロセス・組織構造・ガバナンスに埋め込まれた具体的なルーティン——を特定することが、理論の実証的有用性を高めると論じた(p. 1321)。

エフェクチュエーション vs ダイナミック・ケイパビリティ:3軸の比較

軸1:認知的出発点と行為主体

2理論の最も根本的な差異は、誰が・何から・行動を始めるかという認知的出発点にある。

Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーションは個人の起業家の認知に焦点を当てる。出発点は起業家が現在持っている手段——「自分が誰であるか(Who I am)」「自分が何を知っているか(What I know)」「自分が誰を知っているか(Whom I know)」——であり、そこから到達できる可能性のある結果を発散的に探索する(Sarasvathy, 2001, p. 250)。目標は固定されておらず、行動と相互作用の中で形成されていく。

Teece(2007)のダイナミック・ケイパビリティは組織レベルの能力に焦点を当てる。分析単位は個人の起業家ではなく、企業という組織体系であり、その能力の源泉はプロセス・ルーティン・組織構造の中に埋め込まれている。特定の個人の認知だけでなく、組織全体の感知・捕捉・再構成のメカニズムが問われる。

実務に翻訳すると、エフェクチュエーションは「一人の創業者が今日何をすべきか」という問いに答え、ダイナミック・ケイパビリティは「この企業が次の10年間、変化する環境に適応し続けるためにどのような能力を構築すべきか」という問いに答える、という違いになる。

軸2:不確実性への対処ロジック

エフェクチュエーションは不確実性を「制御可能な範囲」に閉じ込めることで対処する。

Sarasvathy(2001)が明確にしたのは、熟達した起業家は不確実性を予測で削減しようとするのではなく、コントロール可能な行動を積み上げることで未来を自ら作り出すという点だ。「飛行機のパイロット原則(Pilot-in-the-Plane)」が体現するように、予測への依存を減らし、自分が制御できる範囲で行動し、その積み重ねによって環境そのものを変えていく(Wiltbank et al., 2006, pp. 981–998)。

許容可能な損失の原則(Affordable Loss)がこれを担保する。期待リターンの最大化ではなく「失っても許容できる範囲」で行動することで、不確実性が高くても行動を開始できる。

ダイナミック・ケイパビリティは不確実性に「適応」するための能力を組織に埋め込むことで対処する。

Teece(2007)のフレームワークでは、環境の変化は所与として扱われ、それに対して企業がどれだけ速く・正確に感知→捕捉→再構成のサイクルを回せるかが競争優位の源泉となる。不確実性そのものを制御するのではなく、不確実性への適応能力を組織に構築することが目的となる(p. 1320)。

この対比を整理すると以下のようになる。

次元エフェクチュエーションダイナミック・ケイパビリティ
行為主体個人の起業家企業組織
出発点手持ちの手段既存の組織能力・資源
不確実性の扱いコントロール可能な範囲に閉じ込める適応能力を構築して対処する
目標の性格動的・行動の中で形成される企業の戦略的方向性として設定
時間軸短期から始まる行動サイクル中長期の能力構築サイクル
分析単位認知的プロセス(個人)組織ルーティン・プロセス(企業)
測定の対象意思決定の論理組織能力の深さ・幅

軸3:市場との関係

エフェクチュエーションとダイナミック・ケイパビリティは、市場をどのように見るかという点でも対照的だ。

原典では、Sarasvathy(2008)は市場を所与のものとして扱わず、起業家的行動によって創造される人工物(Artifact)として位置づけている(p. 70)。エフェクチュエーション的アプローチでは、クレイジーキルト原則(Crazy Quilt)——自発的コミットメントを持つステークホルダーとの関係構築——が市場の共創プロセスの核心となる。市場は発見されるのではなく、関与者のコミットメントの束から形成されていく。

Teece(2007)はそれとは対照的に、競争の場としての市場・産業の存在を前提としており、企業はその中で有利な地位を獲得・維持するために能力を構築する。センシングによって市場機会を「発見」し、シージングによってその機会を「捕捉」するという論理は、市場が先に存在し企業がそれに適応するという想定を内包している。

センシング・シージング・リコンフィギュアリングとエフェクチュエーション5原則の接点

2理論を比較するだけでなく、両者の概念的接点を見ておくことも重要だ。

センシング(Sensing)と手中の鳥(Bird-in-Hand)

センシング能力は、技術・市場・外部変化を継続的にスキャンする活動を含む。しかしTeece(2007)が指摘する興味深い点は、センシングは単なる「受信」ではなく意思決定者の解釈フィルターに依存するという事実だ(p. 1322)。この解釈フィルターは、その人物が「何を知っているか(What I know)」「誰を知っているか(Whom I know)」という知識・経験ベースと切り離せない。

エフェクチュエーションの手中の鳥原則が出発点として強調する「自分の手段」は、まさにこのセンシングの質を規定する認知的基盤だと解釈できる。

シージング(Seizing)と許容可能な損失(Affordable Loss)

シージングは機会への投資判断を含む。Teece(2007)は「機会が特定されたら、投資に向けたコミットメントが必要だが、そのタイミングと規模の判断は困難を極める」と指摘する(p. 1327)。

エフェクチュエーションの許容可能な損失の原則は、このシージングのジレンマへの実践的な回答として機能する。期待リターンを正確に計算できない不確実な状況でも、「失っても許容できる損失の範囲内で行動を開始する」という論理は、シージングを可能にする認知的条件を提供する。

リコンフィギュアリング(Reconfiguring)とレモネード原則(Lemonade)

リコンフィギュアリングは、変化する環境に応じて組織の資源・能力・ビジネスモデルを再構成する活動だ。この再構成を可能にするには、既存の構造への固執を手放し、変化をむしろ好機として捉える認知的柔軟性が必要となる。

エフェクチュエーションのレモネード原則——「予期せぬ出来事を脅威ではなく機会として活用する」——は、まさにこのリコンフィギュアリングを駆動する認知的態度に対応する。組織レベルの再構成能力は、それを構成する個人の認知がレモネード的であるほど発揮されやすいと考えられる。

Fuerst et al.(2022)が示した統合的証拠

2022年に Industrial Marketing Management に掲載されたFuerst et al.の論文は、B2B企業13社への24件のインタビューデータを通じて、エフェクチュエーション的意思決定ロジックがダイナミック・ケイパビリティの実行プロセスにどのように現れるかを実証的に示した(Fuerst et al., 2022)。

この研究の中心的な発見は、予期せぬ不確実性——特にCOVID-19のような「ブラック・スワン」的事象——に直面した際、ダイナミック・ケイパビリティのセンシング・シージング・リコンフィギュアリング活動が、エフェクチュエーション的な意思決定ロジックによって遂行されていたという点だ。

具体的には、センシング活動においてはコントロール可能な情報源への絞り込み(手中の鳥的スキャン)が行われ、シージングにおいては許容可能な損失の範囲での小規模な実験的投資が優先され、リコンフィギュアリングにおいてはステークホルダーとの共創的な関係構築(クレイジーキルト的ネットワーク)が変革の推進力となっていた(Fuerst et al., 2022)。

この研究は、エフェクチュエーションとダイナミック・ケイパビリティが互いに補完し合う2つの分析レベル——個人の認知と組織の能力——を担っているという解釈を実証的に支持するものである。

2つの理論が協働するとき——統合フレームの提案

原典に忠実に言えば、Sarasvathy(2001)はダイナミック・ケイパビリティとの関係について明示的に論じていない。Teece(2007)もエフェクチュエーションを直接引用していない。しかし両理論の論理構造は、以下のような統合的な見方を許容する。

ダイナミック・ケイパビリティは「組織が何をできるか(What Can Be Done)」を問い、エフェクチュエーションは「起業家が今何から始めるか(How to Begin)」を問う。

前者は企業の長期的な能力ポートフォリオの構築を扱い、後者は不確実な環境下で行動を開始・継続するための認知的ロジックを扱う。スタートアップの初期段階では、組織能力はまだ存在せず、創業者個人のエフェクチュエーション的判断が一切の行動を規定する。企業が成長し組織化が進むにつれて、ダイナミック・ケイパビリティとして記述される組織レベルの能力が形成され、エフェクチュエーション的判断の一部がルーティン化・組織化されていく。

この観点から見ると、両理論は企業の発展ステージと分析レベルの違いによって使い分けられる相補的なフレームワークだと整理できる。

エフェクチュエーションが問い直す「センシング」の前提

最後に、エフェクチュエーションの視点からダイナミック・ケイパビリティ理論に向けられる批判的問いを提示しておきたい。

Teece(2007)のセンシング概念には「感知されるべき機会・脅威が環境の中に先在する」という隠れた前提がある。しかしSarasvathy(2008)が論じるように、起業家的市場においては機会は発見されるものではなく、起業家的行為によって創造される(p. 69–73)。

手持ちの手段から行動し、ステークホルダーとのコミットメントを積み重ねていく過程で、市場そのものが形成されるとすれば、「感知すべき機会」は事前には存在しない。エフェクチュエーション的起業家は、センシングによって既存の機会を発見するのではなく、行動によって機会を作り出す主体だ。

この問いに答えることは、ダイナミック・ケイパビリティ理論が扱える不確実性の種類——リスクと不確実性の区別(Knight, 1921)に対応する射程の再定義——にも関わる問いである。

実務者への示唆——どちらの理論を・いつ使うか

2つの理論を実務に活かすための選択指針を整理する。

エフェクチュエーションが有効な場面: 事業の立ち上げ初期・新規事業の方向性がまだ定まっていない段階・市場の不確実性が極めて高い局面・意思決定の出発点を見失っている時。「今の手持ちの手段から何ができるか」を問う際に有効だ。

ダイナミック・ケイパビリティが有効な場面: 既存の組織能力を診断・強化する際・競争環境の変化に対応するための能力投資を計画する時・M&Aや提携による能力補完を検討する局面・組織のイノベーション体制を設計する際。「この組織は何ができるようになる必要があるか」を問う際に有効だ。

Fuerst et al.(2022)が示したように、不確実性が突発的・非線形に高まる危機的状況では、ダイナミック・ケイパビリティの3活動クラスターそれぞれの遂行においてエフェクチュエーション的意思決定ロジックが有効に機能する。つまり、両理論の使い分けというより、ダイナミック・ケイパビリティという組織能力を個人・チームレベルで実行する際の認知的インフラとしてエフェクチュエーションを機能させるという統合的な使い方が、実践的には最も示唆に富む。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Teece, D. J. (2007). Explicating dynamic capabilities: The nature and microfoundations of sustainable enterprise performance. Strategic Management Journal, 28(13), 1319–1350.
  • Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic Management Journal, 18(7), 509–533.
  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
  • Fuerst, S., Zettinig, P., & Rodriguez, M. (2022). An effectual approach to executing dynamic capabilities under unexpected uncertainty. Industrial Marketing Management, 103, 237–251. https://doi.org/10.1016/j.indmarman.2022.02.023
  • Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.

参考書籍

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