目次
“We argue that a distinct type of strategic logic underlies each quadrant and that the key differentiating variable across quadrants is whether an agent places more emphasis on prediction or on control.”
— Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), p. 982.
戦略論に欠けていた軸
戦略論の歴史は、ポーターの産業構造分析からバーニーの資源ベース理論、そしてダイナミック・ケイパビリティ論まで、多様な「良い戦略とは何か」の答えを積み重ねてきた。しかし、これらの理論群に共通する暗黙の前提がある。予測が、戦略立案の出発点であるという前提だ。
市場を分析し、競合の動きを予測し、環境変化のシナリオを描く——この一連の営みは、戦略プロセスの基本として疑われることなく受け入れられてきた。予測の精度が上がれば戦略の質も上がる、という論理構造だ。
Robert Wiltbank、Stuart Read、Nicholas Dew、Saras Sarasvathyの4名が Strategic Management Journal(SMJ)27巻10号(pp. 981–998)に発表した「What to do next? The case for non-predictive strategy」は、この前提に直接異議を唱えた論文である。著者たちが立てた問いは単純だ。「予測によらない戦略ロジックは存在するのか。そしてそれはどのような条件で有効なのか」(Wiltbank et al., 2006, p. 981)。
この問いに答えるために、彼らが提案したのが「予測(Prediction)」と「コントロール(Control)」の二軸から成る4象限モデルである。本稿では、このモデルの論理構造を詳解し、エフェクチュエーション理論との接続と、戦略実践への含意を論じる。
なぜ「予測」と「コントロール」の二軸なのか
Wiltbank et al.(2006)が二軸モデルを構築する際に依拠したのは、Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論における根本的な対比——「予測の論理」と「コントロールの論理」——である。
Sarasvathy(2001)は、「予測の論理(logic of prediction)」の中心命題を「未来を予測できる範囲において、それを統制できる」と定式化した。これに対し、「コントロールの論理(logic of control)」の命題は「未来を統制できる範囲において、それを予測する必要がない」となる(Sarasvathy, 2001, p. 252)。
この対比は哲学的には鮮明だが、戦略研究者として著者たちが気づいたのは、現実の戦略行動は「完全に予測志向」か「完全にコントロール志向」かという二項対立ではないという点だ。高い予測志向と高いコントロール志向を同時に持つ戦略もありうるし、どちらも低い状態もありうる。
これが、2軸を独立に扱い4象限を構成することで、より豊かな戦略類型論を生み出すという発想につながった(Wiltbank et al., 2006, pp. 983–984)。
4象限モデルの構造——戦略ロジックの全体地図
Wiltbank et al.(2006)の4象限は、「予測志向(Prediction Emphasis)」の高低と「コントロール志向(Control Emphasis)」の高低を組み合わせて構成される(pp. 984–987)。
第1象限:適応(Adaptation)
予測志向:低 × コントロール志向:低
予測への依拠も環境のコントロールへの働きかけも低い状態。環境の変化を「所与」として受け取り、その変化に反応的に適応する戦略ロジックだ。
著者らはこれを「適応(Adaptation)」と呼ぶ(p. 984)。生物進化の比喩が示すように、環境選択圧力に晒された個体・組織が、意図的なコントロールを持たずにランダムな変異と選択によって変化していく状態に相当する。Nelson & Winter(1982)の進化的経済学の枠組みで言えば、企業は市場環境の選択圧力に受動的に適応する存在として描かれる。
実践的には「様子見型」「機会主義型」の戦略——明確な予測も積極的な環境形成もなく、生じた変化に対応するだけの姿勢——がここに入る。
第2象限:非予測的コントロール(Non-Predictive Control)
予測志向:低 × コントロール志向:高
予測への依拠が低いにもかかわらず、環境への積極的な働きかけ——コントロール——が高い象限。Wiltbank et al.(2006)の論文の核心的な主張が、この象限の戦略ロジックに対する積極的な擁護だ(p. 985)。
著者たちはこれを「非予測的コントロール(Non-Predictive Control)」と呼ぶ。エフェクチュエーション理論の実践的表現として位置づけられ、飛行機のパイロットの原則——「予測に適応するのではなく、行動によって未来を形作る」——がこの象限を支える哲学だ。
この象限では、戦略的行動は予測を前提とせず、コミットメントと関与によって環境を変容させることを目的とする。パートナーとの関係構築、顧客との共創、新しい市場標準の設定——これらはすべて、「未来がどうなるか」を予測するのではなく「どのような未来を作るか」に働きかける行動だ。
第3象限:計画(Planning)
予測志向:高 × コントロール志向:低
環境を精緻に分析し、未来を可能な限り正確に予測することに高い資源を投じるが、環境そのものへの働きかけは最小化する象限。ポーター型の戦略プランニング、シナリオプランニング、DCF分析に基づく投資評価などが典型例だ(Wiltbank et al., 2006, pp. 985–986)。
著者らが指摘するのは、この象限の戦略が「環境は所与であり、変更不可能だ」という仮定に依拠しているという点だ。市場調査と競合分析によって最適な参入タイミングと参入様式を選択し、計画を実行する——このロジックは、予測が高精度であれば有効だが、予測が大きく外れると計画全体が瓦解する脆弱性を持つ(p. 986)。
第4象限:予測的コントロール(Predictive Control)
予測志向:高 × コントロール志向:高
予測と積極的な環境形成の両方に高い資源を投じる象限。大規模な市場形成投資を行いながら、同時に環境分析と需要予測を精緻化する戦略が入る(p. 986)。インターネット黎明期のAmazonが先行投資によって物流インフラを確立しながら、同時に顧客データ分析に基づく予測精度を高め続けた姿勢はこの象限に近い。
Wiltbank et al.(2006)は、この象限の戦略が直感的には「最良」に見えると指摘する(p. 987)。しかし同時に、これが最もコストの高い戦略でもあると強調する。予測への投資とコントロールへの投資を同時に最大化することは、資源の制約を無視した場合にのみ成立する。
4象限の評価——どの戦略ロジックがいつ有効か
Wiltbank et al.(2006)の論文の核心は、「どの象限が絶対的に優れているのか」という問いに答えることではない。それぞれの戦略ロジックがどのような環境条件のもとで相対的な優位性を持つかを論証することにある(pp. 987–991)。
予測可能性と適切な象限
論文が示す中心的な主張は以下だ。予測の精度が高い環境(成熟市場・安定的な競合構造)では、計画型(第3象限)が合理的だ。しかし予測が本質的に困難な環境(新市場・技術的不連続・ナイト的不確実性)では、非予測的コントロール(第2象限)が戦略的に優位となる(pp. 988–989)。
この論理は、Sarasvathy(2001)がKnight(1921)から継承した「ナイト的不確実性」の概念に基づく。確率分布さえ未知の真の不確実性が支配する環境では、予測への投資は「不確かな地図に頼って未知の地形を進む」ことと変わらない。それよりも、手持ちの資源とコミットメントによって環境を形成することが、より確実な経路になる(p. 989)。
取り返しのつかないコミットメントとの関係
Wiltbank et al.(2006)が特に強調する論点の一つが、「取り返しのつかないコミットメント(irreversible commitments)」の問題だ(pp. 990–991)。
コーゼーション的な計画型戦略は、予測に基づいて大規模な不可逆的投資を行う。予測が当たれば大きな先行者優位を獲得できる。しかし予測が外れると、投資は回収不能になる。著者らはこのリスクを「予測の失敗リスク(prediction failure risk)」と呼ぶ(p. 990)。
非予測的コントロール型は、大規模な不可逆的投資を避け、許容可能な損失の原則に基づいて「失っても構わない範囲」での逐次的投資を行う。各ステップでの投資は小さいが、コミットメントが積み重なるにつれて市場が形成され、先行者優位が構造的に生まれる(p. 991)。
この比較から著者たちが導く結論は、予測不能な環境では「大きな正しい賭け」よりも「小さな誤りにくい積み重ね」が優位という命題だ。
シュンペーター型の創造的破壊との接続
Wiltbank et al.(2006)は、第2象限の非予測的コントロールをSchumpeter(1942)の「創造的破壊(Creative Destruction)」の概念と接続する(p. 992)。シュンペーターが描いた起業家は、既存の市場均衡を破壊することで新しい経済的機会を生み出す。この破壊は、既存市場の予測的分析から生まれるのではなく、起業家が手持ちの資源と関係性を通じて環境そのものを変革することによって実現する。
非予測的コントロールは、この意味でシュンペーター型の起業家的行動を戦略論の言語で記述したものだと解釈できる(p. 992)。
エフェクチュエーション理論との接続——5原則は第2象限の実装
Wiltbank et al.(2006)の論文が戦略研究者に提供した最大の価値は、エフェクチュエーション理論を戦略論の語彙と問いの文脈に翻訳したことにある。
4象限モデルにおいて、エフェクチュエーションは第2象限(非予測的コントロール)に位置する。そしてSarasvathy(2001, 2008)の5原則は、この象限の戦略ロジックを実行するための具体的な行動指針として読み直せる。
手中の鳥(Bird in Hand)の原則は、予測不能な将来の機会を「発見」しようとするのではなく、現在手元にある資源・知識・ネットワークを出発点として可能性を発散させる。これは第2象限の「コントロール志向」を資源の棚卸しから始めることを意味する。
許容可能な損失(Affordable Loss)の原則は、予測に基づく期待値計算の代わりに「失っても耐えられる上限」を判断基準とする。これは、取り返しのつかない大規模コミットメントを回避し、逐次的な環境形成を可能にする第2象限の核心的実践だ。
クレイジーキルト(Crazy Quilt)の原則は、市場分析に基づく競合差別化ではなく、自発的コミットメントのパートナーとの網の形成によって市場を共創する。これは環境を所与とせず、関係性によって環境を形成するコントロール志向の表現だ。
レモネード(Lemonade)の原則は、予測外の出来事を脅威として管理するのではなく、新しい機会の源泉として積極活用する。予測に依拠しない分、予測外の変化を「素材」として利用できる第2象限の利点を最大化する。
飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)の原則は、4象限論文のタイトルが示す命題——「非予測的戦略の主張」——を最も直接的に体現する。未来は「予測」の対象ではなく「形成」の対象だという姿勢が、第2象限の哲学的基盤だ。
Ansoff(1965)・Porter(1980)・Mintzberg(1994)との関係
Wiltbank et al.(2006)の論文が戦略論の文脈で重要なのは、先行する戦略理論の巨人たちとの対話が明示的に行われているからだ(pp. 993–995)。
Ansoffの戦略計画論(1965)は第3象限(計画型)の典型例として位置づけられる(p. 993)。Ansoffが提唱したプロダクト・マーケット拡大マトリクスは、将来の市場を予測的に分析し、最適な成長戦略を選択するコーゼーション的フレームである。Wiltbank et al.は、これが安定的・予測可能な環境では有効だが、高度に不確実な環境では計画の前提が崩れやすいと指摘する。
Porterの競争戦略論(1980)も第3象限に位置づけられる(p. 993)。5フォース分析とジェネリック戦略は、産業構造の予測的分析を基礎とする。Porter自身が繰り返し強調したように、この枠組みは産業の「魅力度」を評価するものであり、それは産業の予測可能性を前提とする。
Mintzbergの創発的戦略論(1994)は興味深い位置づけを与えられる(p. 994)。Mintzbergが批判した「戦略計画の誤り(fallacy of strategic planning)」——計画は予測ではなく事後的合理化にすぎないという主張——は、第3象限への批判として読める。しかし著者たちはMintzbergの創発的戦略が第1象限(適応型)に近く、コントロール志向が不明確だと評価する。第2象限の非予測的コントロールは、適応的な流れへの受動的適応ではなく、能動的な環境形成を前提とする点でMintzbergとも異なる(p. 994)。
4象限モデルの実証的妥当性——後続研究が与えた証拠
Wiltbank et al.(2006)の4象限モデルは、概念的な提案として高い評価を受けたが、発表後の実証研究がモデルの妥当性をどのように検証したかも確認が必要だ。
Wiltbank & Boeker(2007)は、539人のエンジェル投資家・1,137件の投資データを分析し、「予測・コントロール・関与」の3変数が投資成果に与える影響を検証した(Wiltbank & Boeker, 2007, Kauffman Foundation Research Series)。分析の結果、コントロール志向(関与度の高さ)が投資リターンと正の相関を示した。高い予測精度ではなく、起業家への積極的な関与と共創がリターンを生んでいた。この発見は、第2象限の戦略ロジックの有効性を実証的に支持する証拠の一つと位置づけられる。
Wiltbank et al.(2009)は、エンジェル投資家670社の追跡調査で同様のパターンを確認し、Journal of Business Venturing 24巻2号(pp. 116–133)に掲載された(Wiltbank, Read, Dew, & Sarasvathy, 2009)。
エフェクチュエーション研究のメタ分析——9,897社のデータを統合した大規模メタ分析——においても、許容可能な損失・柔軟性・実験という第2象限的な行動指標が事業パフォーマンスと正の相関を示した。特に、ハイテク産業・新興国・高不確実性環境での効果が顕著であり、これはWiltbank et al.(2006)が「不確実性下で第2象限が優位」という主張と整合的だ。
独自考察——「4象限の罠」と適切な文脈依存
Wiltbank et al.(2006)のモデルは精緻だが、実践家に対していくつかの過剰単純化のリスクを含む。
第一のリスクは「象限の固定化」だ。4象限モデルは類型を提供するが、現実の戦略行動は時間の経過とともに象限を移動する。スタートアップは初期に第2象限で行動し、市場が安定してくると第3象限に移行することが多い。Sarasvathy(2008)が「コーゼーションとエフェクチュエーションは排他的ではなく、状況に応じて動的に組み合わされる」と強調したように、象限は「静的な類型」ではなく「動的なポジション」として読む必要がある(Sarasvathy, 2008, p. 106)。
第二のリスクは「非予測的コントロールの理想化」だ。第2象限は不確実性下で有効だが、コントロールにはコストがかかる。ステークホルダーとの関与・コミットメント形成・パートナーシップ構築には時間と関係的資源が必要だ。資源の乏しい初期スタートアップが第2象限の「高コントロール」戦略を採れるかどうかは、現実的な制約として問われなければならない。
第三のリスクは「コントロールの幻想」への滑落だ。「未来は予測不要、コントロールで十分」という解釈が過剰になると、環境の客観的な変化に対する感受性を失い、「全てを自分でコントロールできる」という幻想に陥る危険がある。クレイジーキルトの原則が「自発的コミットメント」を重視するのは、相手の意志を尊重しながらコントロールの共有を形成するためであり、一方的な支配とは本質的に異なる。
これらの複雑性を踏まえると、Wiltbank et al.(2006)のモデルが最も価値を持つのは「絶対的な処方箋」としてではなく、「なぜ予測への依存だけでは不十分か」という問いを構造的に可視化するための診断ツールとしてだ。予測の限界を認識した上で、どのようにコントロールの要素を戦略に組み込むかを問い続けること——それがこのモデルが実践家に促す問いだろう。
参照文献
- Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998. https://doi.org/10.1002/smj.555
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263. https://doi.org/10.5465/amr.2001.4378020
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., & Sarasvathy, S. D. (2009). Prediction and control under uncertainty: Outcomes in angel investing. Journal of Business Venturing, 24(2), 116–133. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2007.11.004
- Wiltbank, R., & Boeker, W. (2007). Returns to angel investors in groups. Kauffman Foundation and Angel Capital Education Foundation.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Hart, Schaffner and Marx.
- Nelson, R. R., & Winter, S. G. (1982). An Evolutionary Theory of Economic Change. Harvard University Press.
- Schumpeter, J. A. (1942). Capitalism, Socialism and Democracy. Harper & Brothers.
- Ansoff, H. I. (1965). Corporate Strategy. McGraw-Hill.
- Porter, M. E. (1980). Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors. Free Press.
- Mintzberg, H. (1994). The Rise and Fall of Strategic Planning. Free Press.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
参考書籍
関連する記事
- 01 エフェクチュエーションとブルー・オーシャン戦略——市場創造の2つのロジック
- 02 コーゼーション vs エフェクチュエーション——再考:両ロジックの動的共存と境界条件
- 03 許容損失と検証学習をどう両立するか——エフェクチュエーション×リーンスタートアップ統合モデル
- 04 エンジェル投資家の意思決定とエフェクチュエーション——Wiltbankらの実証研究が示す「コントロール志向」の投資ロジック
- 05 CAVE フレームワーク——Sarasvathy(2024)が描いた起業家ツールの統合地図
- 06 エフェクチュエーション vs ダイナミック・ケイパビリティ——Teece(2007)のsensing/seizing/reconfiguringと比較する