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アマー・ビデー『The Origin and Evolution of New Businesses』とは — エフェクチュエーション理論の実証的な先祖を読む

エフェクチュエーション理論の実証的先行研究とされる一冊。INC 500企業の大規模フィールド調査から、起業家が事業計画ではなく「臨機応変の試み」で機会を形成する過程を描く。未邦訳。書籍の構成と読み方を解説。

目次
著者
アマー・ビデー(Amar V. Bhide)
原著者
Amar V. Bhide
出版社
Oxford University Press
出版年
2000年
原題
The Origin and Evolution of New Businesses

エフェクチュエーションの5原則は、どこから来たのか

エフェクチュエーション理論を学んだ人なら、一度はこう思うはずだ。「手中の鳥」も「許容可能な損失」も、直感的には納得できる。だが、これは理論家の思弁なのか、それとも実務データに基づく発見なのか。

その問いに答える一冊が、アマー・ビデーによる The Origin and Evolution of New Businesses(Oxford University Press, 2000)である。本書は未邦訳だが、Saras D. Sarasvathyが2008年の原著で「起業家の行動プロセスを実証的に記述した先行研究」として引用する(Sarasvathy, 2008, p. 7)、エフェクチュエーション理論の実証的な足場のひとつだ。

ビデーの経歴——インド工科大学からハーバードでMBA・DBAを取得し、コロンビア大学ビジネス大学院教授を経て現在はタフツ大学フレッチャースクールに在籍——については人物ページに譲り、本記事では本書そのものの構成と読み方に絞って解説する。

本書は何を、どう調べたのか

本書の実証的基盤は、INC 誌が選定する米国内成長率上位企業リスト「INC 500」を長年にわたって追跡した大規模フィールド調査である。数百名の創業者へのインタビューを含むデータをもとに、ビデーは成功した起業家のほとんどが「詳細な事業計画」から出発していないという事実を見出した。

本書が「臨機応変の試み(initiative)」と呼ぶこのプロセスでは、起業家は手元にある機会の断片をもとに行動を開始し、試行の過程で機会の輪郭を徐々に明確化していく(Bhide, 2000, pp. 3–22)。事前の詳細な市場調査よりも、実際に顧客に提供してみることで得られるフィードバックを意思決定の基礎とする——不確実性を「解消」するのではなく、少額の投資で素早く試しながら「吸収」していく行動パターンである(Bhide, 2000, pp. 55–84)。

Sarasvathyの理論とどう接続するか

接続点は3つに整理できる。

ひとつは、手中の鳥の原則との重なりだ。「目標から逆算するのではなく、手持ちの手段から出発する」というSarasvathyの定式化は、ビデーが記述した「機会の断片から行動を始め、輪郭を徐々に明確化する」プロセスと同じ現象を別の言葉で描いている。

もうひとつは、許容可能な損失の原則との重なりだ。期待リターンを最大化する綿密な投資計画ではなく、「失っても許容できる規模で試す」という行動論理は、ビデーが観察した創業者の資金調達パターンと一致する。

さらに、レモネードの原則との重なりもある。本書が描く創業者の多くは、当初の事業計画通りには進まず、試行の過程で機会の輪郭そのものを描き直していた(Bhide, 2000, pp. 3–22)。予期せぬ出来事を排除すべきリスクではなく活用すべき機会として扱う姿勢は、レモネードの原則が理論化する行動パターンと重なる。

重要なのは時系列だ。本書は、Sarasvathyが2001年の論文でエフェクチュエーション理論を初めて定式化するより前の2000年に刊行されている。両者の理論は独立して形成されたにもかかわらず、異なるデータと方法論から同じ結論に収斂した——この事実こそが、5原則が思弁的な理論ではなく、複数の実証研究に支持された枠組みであることを示している。

本書から得られる実務的な示唆

研究者・大学院生にとっての意義は明快だ。エフェクチュエーション理論を論文で扱う際、Sarasvathy(2008)だけでなく、独立した実証的支持を与えるBhide(2000)まで遡って引用できると、理論の実証的な系譜を示す論拠が一段厚くなる。

実務家にとっての示唆はやや異なる。詳細な事業計画への過信に対する警鐘だ。もちろん計画そのものが無意味なわけではない。ビデーが描いたのは、計画を「絶対に守るべき設計図」ではなく「走りながら書き換えていく仮の地図」として扱った創業者たちの姿である。事業計画に固執しすぎることへの違和感を持つ実務家にとって、本書は「それでよい」という実証的な裏づけになる。

読み方の指針

本書は未邦訳のため、原著(英語)にあたる必要がある。全体を通読するより、まず「臨機応変の試み」の概念を扱う序盤(pp. 3–22)で本書の骨格を掴み、そのうえで不確実性の吸収を扱う章(pp. 55–84)、パートナーシップと資源獲得を扱う章(pp. 85–120)へ進む順が効率的だ。大企業が参入しづらい「隙間」の機会を追う小規模起業とスケール志向のベンチャーとで戦略論理が異なるという境界条件の議論(pp. 165–210)は、実務での戦略選択に直結する。

そのうえでSarasvathy(2008)の原著解説アマー・ビデーの人物ページと読み比べると、独立した2つの実証研究がどのように同じ理論的原則へ収斂していったかを追体験できる。

エフェクチュエーション理論を「なぜ信じてよいのか」という問いを持つ読者にとって、本書は理論の手前にある足場を確認する一冊になるはずだ。


書誌情報

  • Bhide, A. V. (2000). The Origin and Evolution of New Businesses. Oxford University Press.

関連文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.