人物

ロバート・ウィルトバンク

エフェクチュエーション理論をエンジェル投資・ベンチャーファイナンスに応用した先駆的研究者。Sarasvathyとの共同研究で、不確実性下の投資判断におけるコントロール指向の効果を実証した。

目次
English
Robert Wiltbank
肩書
教授・ベンチャー投資家
所属
ウィラメット大学(Willamette University)
役割
研究者教授エンジェル投資家共著者

投資家の意思決定を「実証」で解剖した研究者

エフェクチュエーション理論は起業家の意思決定を記述するが、その資金を提供するエンジェル投資家の意思決定は長らく研究の空白地帯にあった。ロバート・ウィルトバンク(Robert Wiltbank)は、この問いに実証データで迫った研究者である。エンジェル投資家グループへの大規模調査を通じて、投資判断における「予測」と「コントロール」の比重が実際のリターンにどう影響するかを明らかにし、エフェクチュエーション理論に不可欠な実証的根拠を加えた。

経歴と研究環境

ウィルトバンクはオレゴン州セイラムに拠点を置くウィラメット大学(Willamette University)Atkinson Graduate School of Managementで戦略的マネジメントを担当してきた研究者である。ウィラメット大学MBAエンジェルファンドの創設にも関わり、そのアントレプレナーシップ教育プログラムは Inc. 誌で全米トップ10の起業家教育コースに選ばれた。現在はGalois Inc.およびNiobium Inc.のCEO、シアトルのベンチャーキャピタルMontlake Capitalのパートナーを兼任している。

研究者でありながら自らもエンジェル投資を続ける実務者。この立場が彼の研究に固有の強みを与えた。投資の意思決定を外側から観察するのではなく、自ら判断を下しながら同時にその認知プロセスを検証する姿勢が、研究に一次的な重みをもたらした。

Sarasvathyとの共同研究

ウィルトバンクとSarasvathyの協力関係は、エフェクチュエーション理論の複数の核心的な発展に結実した。

非予測的戦略論(2006)

Wiltbank, Dew, Read & Sarasvathy(2006)の論文 “What to do next? The case for non-predictive strategy” は、Strategic Management Journal 27巻10号に掲載された理論的論文である。この研究は、企業戦略における「予測(prediction)」と「非予測的コントロール(non-predictive control)」の2軸から4つの戦略スタイルを類型化し、不確実性の高い環境では予測への依存を減らし、コントロール可能な範囲に集中する非予測的戦略が有効であることを論じた(Wiltbank et al., 2006, pp. 981–998)。

この論文は、Sarasvathy(2001)が提唱した飛行機のパイロット原則——予測ではなく制御に焦点を当てる——を戦略論の文脈に展開した研究として位置づけられる。「予測の精度を高める」という従来の戦略的合理性への対案として、「コントロール可能なことを着実に積み上げる」という発想を、学術的に体系化した点にこの論文の貢献がある。

エンジェル投資の大規模実証研究(2007)

Wiltbank & Boeker(2007)の研究 Returns to Angel Investors in Groups(SSRN Working Paper)は、北米のエンジェル投資家グループ539名から3,097件の投資事例を収集した大規模実証研究である。

この研究で明らかになった中心的な発見は、予測指向の投資家(Causation的投資家)よりもコントロール指向の投資家(Effectuation的投資家)が、リターン水準において優れた成果を示すという点であった。具体的には、投資先企業の経営に積極的に関与し、不確実性を「制御可能な問題」として扱う投資家が、単に市場予測や財務モデルに依存する投資家よりも高い投資リターンを実現していた。

この発見がエフェクチュエーション研究に加えた意義は小さくない。起業家の意思決定に留まっていた理論が、投資家の意思決定にまで射程を広げた最初の実証的証拠だった。さらに言えば、エフェクチュエーション的な行動が財務リターンというパフォーマンス指標で測定可能だということを、初めて数字で示した。

不確実性下の予測とコントロール(2009)

Wiltbank, Read, Dew & Sarasvathy(2009)の論文 “Prediction and Control under Uncertainty: Outcomes in Angel Investing”(Journal of Business Venturing, 24(2), 116–133)は、2007年の大規模調査データをさらに精緻に分析した学術論文である。

この研究では、エンジェル投資家の意思決定スタイルを「予測志向」と「コントロール志向」に分類し、それぞれが投資成果(Exit倍率・損失率)にどう影響するかを検証した。結果は、コントロール志向の投資家——投資先企業との関与を深め、事態が変化したときに柔軟に対応する投資家——が、統計的に有意な水準で良好な成果を示すことを明確にした(Wiltbank et al., 2009, pp. 116–133)。

これは許容可能な損失の原則クレイジーキルト原則の投資文脈への翻訳といえる。失っても良い範囲で動き出し、投資先とのコミットメントを深めながら不確実性を段階的に削減するプロセスが、結果として高いリターンと低い損失率の両立をもたらすという実証的な証拠である。

教科書の共著と教育への貢献

ウィルトバンクは、Stuart Read、Sarasvathy、Nicholas Dewとの共著 Effectual Entrepreneurship(Routledge, 2011年初版、2016年第2版)の共著者である。この教科書は世界20カ国以上の大学で採用されており、エフェクチュエーション理論を教育現場に実装するための標準的なテキストとなっている(Read et al., 2016)。

ウィルトバンクが本書に持ち込んだのは投資・ファイナンスの視点だ。起業家側だけでなく、資金を出す側の認知プロセスを組み込んだことで、エフェクチュエーション理論の適用領域は大きく広がった。

エフェクチュエーション研究における位置づけ

ウィルトバンクが担った役割を一言で言えば、理論に財務データという重力を与えた研究者である。

Sarasvathy(2001)の「飛行機のパイロット」原則——制御に焦点を当て、予測への依存を減らす——は強力な理論だった。だが「起業家はこのように考える」という記述から「この考え方で動いた投資家は実際により良い成果を出す」という実証へのステップは、ウィルトバンクの実証研究を待たなければならなかった。

エフェクチュエーション研究の第一世代共同研究者の中で、ウィルトバンクが占める位置はここだ。理論の射程を起業家から投資家へと広げ、財務リターンという反論しにくい指標で実証した。自らも投資の現場に立ち続けながらの仕事だった。

ウィルトバンクの研究を深く学ぶために

最初に読むべきはWiltbank et al.(2009)の Journal of Business Venturing 論文である。エンジェル投資データという具体的な文脈で、予測とコントロールの対比がどのような成果の差を生むかが明快に示されており、エフェクチュエーション理論の実証的な重みを端的に体感できる。

次のステップとして、Wiltbank et al.(2006)の Strategic Management Journal 論文に進むと、「非予測的戦略」という概念的枠組みが腑に落ちる。そのうえで Effectual Entrepreneurship 第2版(2016年)の投資関連章を読むと、ウィルトバンクがエフェクチュエーション教育に何をもたらしたかが立体的に見えてくる。


引用・参考文献

  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
  • Wiltbank, R., & Boeker, W. (2007). Returns to Angel Investors in Groups. SSRN Working Paper.
  • Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., & Sarasvathy, S. D. (2009). Prediction and control under uncertainty: Outcomes in angel investing. Journal of Business Venturing, 24(2), 116–133.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.

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