用語集

起業家的方法

Sarasvathy と Venkataraman が提唱した概念。科学的方法が自然界の探究を可能にしたように、起業家的方法は人間の社会経済的現実を設計・創造するための普遍的論理を提供する。エフェクチュエーションはその中核的論理として位置づけられる。

目次

きぎょうかてきほうほう

Entrepreneurial Method起業家的方法論アントレプレナリアル・メソッド

「起業家には方法がある」という主張

科学には方法がある。観察し、仮説を立て、実験し、検証する——フランシス・ベーコンに端を発し、数百年をかけて蓄積されたこの「科学的方法」は、自然界を理解し制御するための体系的な論理として機能してきた。

では、起業家には方法があるか。

Saras Sarasvathy と Sankaran Venkataraman は 2011 年の論文でこう問い、一つの答えを提示した。「人間の社会経済的領域にも、科学的方法に類比する『起業家的方法(Entrepreneurial Method)』が存在する」(Sarasvathy & Venkataraman, 2011, p. 113)。

この問いは、エフェクチュエーション研究の焦点を個別の意思決定論から、人間の活動全体を支える普遍的な方法論へと引き上げた。

科学的方法との構造的類比

科学的方法の核心にあるのは「実験」という論理だ。自然界を予測して制御しようとするのではなく、仮説を設けて検証し、結果によって認識を更新していく。実験という論理は科学者だけでなく、医師にも、エンジニアにも応用可能な普遍的思考様式となった。

Sarasvathy と Venkataraman が描く起業家的方法は、これと対をなす。自然界ではなく人間が創り出す社会経済的世界を対象とし、そこで機能する論理を体系化する試みだ。科学的方法が「発見する」論理であるのに対して、起業家的方法は「創造する」論理である(同論文, p. 116)。

科学的方法起業家的方法
対象領域自然界社会経済的現実
支配論理実験エフェクチュエーション
目的自然の発見・制御社会経済的現実の設計・創造
不確実性への態度予測と検証行動と形成

エフェクチュエーションとの関係

起業家的方法という枠組みにおいて、エフェクチュエーションは中核的な論理として位置づけられる。Sarasvathy と Venkataraman(2011)は、科学的方法における「実験の論理」に相当するものとして、エフェクチュエーションを据えた(p. 120)。

Sarasvathy(2008)が Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise で体系化した熟達起業家の認知パターン——手中の鳥の原則許容損失の原則クレイジーキルトの原則レモネードの原則飛行機のパイロットの原則——は、起業家的方法を実行するための具体的なヒューリスティックスとして機能する。

この視点から見ると、エフェクチュエーションを「5原則のリスト」として扱うのは表面的な理解にとどまる。5原則は、より大きな起業家的方法の論理を実行するための手段であり、起業家的方法こそが理論の射程を示す概念となる。

「方法」が普遍的であることの含意

科学的方法の力は、それが特定の科学者だけでなく誰にでも学習・適用可能な論理体系であることにある。Sarasvathy と Venkataraman が起業家的方法に込めた主張も同様だ。

起業家的方法は、起業家だけのものではない。社会課題の解決、制度設計、組織変革、政策立案——人間が社会経済的現実を新たに構築しようとするあらゆる文脈で応用可能な論理として位置づけられる(Sarasvathy & Venkataraman, 2011, p. 128)。

この点において、起業家的方法という概念は「起業」という行為の枠を超え、不確実性の高い領域での意図的な行動一般の方法論という射程を持つ。

「起業家的方法」が提起する未解決問題

Sarasvathy と Venkataraman の 2011 年論文のサブタイトルは “Open Questions for an Entrepreneurial Future”(起業家的未来のための開かれた問い)だ。彼らは起業家的方法を完成した理論として提示したのではなく、研究コミュニティへの問いかけとして提出した。

その問いのいくつかは今日も解答を待っている。

  • 起業家的方法はどこまで教育によって伝達できるか
  • 起業家的方法は文化的文脈を超えて普遍的か
  • 科学的方法と起業家的方法は対立するか、協働できるか
  • 大組織やアカデミアにおいて起業家的方法はどう機能するか

これらの問いへの応答は、エフェクチュエーション研究の展開とともに積み重なりつつある。起業家的専門知識の研究、教育実践への応用、非予測的コントロールの組織レベルへの拡張——そのいずれも、起業家的方法という傘の下で問いに答えようとする試みとして読める。

実務的含意:「方法を持つ」ことの意味

科学者が実験の方法を持つように、起業家が「起業家的方法を持つ」とはどういうことか。

それは、特定の状況に対する正解を知ることではない。不確実性の高い状況において、どのような認知プロセスと行動論理で動けばよいかを知っていることだ。

エキスパート・アントレプレナーが示す認知パターンが、未経験の起業家が示すパターンと系統的に異なることを、Sarasvathy の認知プロセス研究は明らかにした(Sarasvathy, 2008, pp. 55–80)。その差異を生み出しているのが、起業家的方法の内面化の有無だ。

起業家的方法を学ぶとは、「エフェクチュエーション的に考える」という思考様式を身体化することである——Sarasvathy と Venkataraman は、その学習可能性を主張することで、起業家教育の理論的根拠を提供した。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

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