人物

アマー・ビデー

起業家の機会追求プロセスを大規模フィールド調査から解明した経営学者。著作『The Origin and Evolution of New Businesses』(2000)で、起業家が「臨機応変の試み(initiative)」を通じて機会を発見・構築するプロセスを記述し、エフェクチュエーション理論と深く共鳴する実証的基盤を提供した。

目次
English
Amar V. Bhide
肩書
教授
所属
タフツ大学フレッチャースクール(元コロンビア大学ビジネス大学院教授)
役割
研究者教授フィールド研究者

「成功した起業家は実は何をしていたのか」を実証した研究者

起業家研究の多くは、成功した少数の事例を後づけで分析するか、あるいは心理的特性を測定しようとするかのいずれかであった。アマー・ビデー(Amar V. Bhide)は、これとは異なるアプローチを選んだ。大規模フィールド調査によって、起業家が機会をどのように発見し、どのように事業として形成していくかのプロセスそのものを記述した。その成果が2000年にオックスフォード大学出版局から刊行された The Origin and Evolution of New Businesses である(Bhide, 2000)。起業家研究における「プロセスへの着目」という転換を、Sarasvathyと並行して実証的に推し進めた研究者として、エフェクチュエーション研究の文脈でその位置づけを理解することが重要だ。

経歴と研究環境

ビデーはインド出身で、インド工科大学(IIT)でエレクトロニクスを学んだ後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得し、同校で博士号(DBA)を取得した。長年にわたりコロンビア大学ビジネス大学院(Columbia Business School)の教授として起業家研究・イノベーション研究を行い、現在はタフツ大学フレッチャースクールに在籍している。

コロンビア大学在任中に手がけた研究の多くは、実際の起業家への大規模インタビューと事例調査に基づくものであった。理論を先に立て、データで検証するというアプローチではなく、フィールドから現象を帰納的に記述する方法論——Sarasvathyがシンク・アラウド実験を用いたのと同じ帰納的姿勢——を採用した点に、ビデーの研究スタンスの特徴がある。

『The Origin and Evolution of New Businesses』の核心

調査規模と方法

Bhide(2000)は、INC誌が選定した「INC 500」——米国内で成長率の高い新興企業500社のリスト——を長年にわたって追跡調査した。数百名の創業者へのインタビューを含む膨大なフィールドデータが、本書の実証的基盤をなしている。

この規模の調査は、当時の起業家研究において例外的なものであった。Sarasvathy(2001)が27名の熟達した起業家に対してプロトコル分析を実施したのと対照的に、ビデーの調査は大規模な定量的・定性的データを組み合わせた混合研究法を採用している。両者の調査設計は異なるが、いずれも「熟達した起業家の行動を実証的に記述する」という姿勢において共通している

「臨機応変の試み」——機会は計画されない

本書の中核的発見は、成功した起業家のほとんどが「詳細な事業計画」から出発していないという事実である。Bhide(2000)が「臨機応変の試み(initiative)」と呼ぶプロセスにおいて、起業家は手元にある機会の「断片」をもとに行動を開始し、試行の過程で機会の輪郭を徐々に明確化していく(Bhide, 2000, pp. 3–22)。

この記述は、Sarasvathyが2001年の論文で定式化した手中の鳥の原則——「目標から逆算するのではなく、手持ちの手段(Who I am, What I know, Whom I know)から出発する」——と実質的に同じプロセスを別の言語で記述している。原典では〜、ビデーが「起業家は機会を発見してから事業化するのではなく、行動しながら機会を形成する」と論じた点は、Sarasvathy(2001)が「不確実性の下では予測の論理より制御の論理が機能する」と論じた主張の実証的裏づけとして読むことができる。

不確実性の「回避」ではなく「吸収」

Bhide(2000)の調査が明らかにしたもうひとつの重要な知見は、成功した起業家が不確実性を「解消」しようとするのではなく、少額の投資で素早く試し、情報を獲得しながら不確実性を「吸収」していくという行動パターンである(Bhide, 2000, pp. 55–84)。

事前の詳細な市場調査よりも、実際に顧客に提供してみることで得られるフィードバックを意思決定の基礎とする——この姿勢は、エフェクチュエーションの許容可能な損失の原則と深く共鳴する。期待リターンを最大化しようとする前に「失っても許容できる投資規模で試す」という行動論理は、ビデーが記述した「小さなコミットメントから始める起業家」の行動パターンと一致する(Dew et al., 2009)。

パートナーシップと資源の漸進的獲得

ビデーが調査した起業家の多くは、事業の成長過程でパートナーや顧客との関係を資源として活用していた。初期の事業形成においては、大規模な外部資金調達よりも、早期の顧客との関係や既存の人脈が決定的な役割を果たしていた(Bhide, 2000, pp. 85–120)。

実務に翻訳すると〜、この知見はクレイジーキルトの原則——自発的コミットメントを持つパートナーとの関係構築が不確実性そのものを削減する——の実証的な補強として機能する。ビデーが記述した「顧客との初期関係が事業の方向性を形成する」というプロセスは、Sarasvathyが「コミットメントが市場を共創する」と論じたクレイジーキルト原則の動態と構造的に一致している。

エフェクチュエーション研究への影響

Bhide(2000)は Sarasvathy(2001)の発表(2001年4月)よりも先に刊行されており(2000年)、両者の理論は独立して形成された。しかし Sarasvathy(2008)は Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise においてビデーの研究を「起業家の行動プロセスを実証的に記述した先行研究」として引用している(Sarasvathy, 2008, p. 7)。

起業家研究における「プロセス転回(process turn)」——起業家の特性ではなく行動プロセスを研究の中心に置く流れ——において、ビデーとSarasvathyはほぼ同時期に、異なるデータと方法論から共通の結論に至った。この収斂は、エフェクチュエーション理論の実証的基盤を独立した複数の証拠から支持するものとして重要である。

「不確実性の種類」の実践的洞察

ビデーの研究が持つもうひとつのエフェクチュエーション研究への貢献は、どのような起業家・どのような状況において各戦略が機能するかという境界条件の実証である。Bhide(2000)は、大企業が参入しづらい「隙間」の機会を追う小規模起業家と、スケールを志向するベンチャーキャピタル的起業では、根本的に異なる戦略論理が働くことを示した(Bhide, 2000, pp. 165–210)。

この境界条件の実証は、エフェクチュエーション研究における「どのような状況でエフェクチュエーションが機能し、どのような状況でコーゼーションが機能するか」という問いに先行する実証的素材を提供している。ビデーが記述した「臨機応変の試みが有効な状況」と「体系的な計画が有効な状況」の区別は、コーゼーションとエフェクチュエーションの比較の実践的文脈そのものである。

後続研究との対話

ビデーの研究は、その後の起業家研究における「機会」をめぐる理論的論争にも一石を投じた。Shane & Venkataraman(2000)が「機会は客観的に存在し、起業家によって発見される」と論じたのに対し、ビデーの実証データは「機会は行動を通じて徐々に形成される」という解釈を支持するものであった(Bhide, 2000, pp. 25–48)。

この「発見」対「創造」の論争は、サンカラン・ベンカタラマンとSarasvathyの師弟関係における理論的展開としても読むことができる。ビデーのフィールドデータは、Sarasvathyが理論化した「機会は創造される」という立場の実証的サポートとして機能している

この研究者の視点が役立つ人

  • エフェクチュエーション理論の実証的根拠を大規模フィールドデータで確認したい研究者
  • 「なぜ事業計画なしに動いても成功する起業家がいるのか」を理論的に理解したい実務家
  • 不確実性の高い新規事業において「どこから手をつければよいか」を迷っている起業家・新規事業担当者
  • 「機会は発見されるのか創造されるのか」という理論的論争を理解したいアントレプレナーシップ研究者

引用・参考文献

  • Bhide, A. V. (2000). The Origin and Evolution of New Businesses. Oxford University Press.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
  • Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.