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採用・配置へのエフェクチュエーション適用——「手中の鳥」人事戦略

従来の適性評価型人事ではなく、社員の「手持ちの手段」を活かす配置設計をエフェクチュエーションの視点から提案する。Bird in Hand 原則を人材開発・採用・組織設計に応用するための理論的根拠と実践フレームワーク。

約20分
目次

「必要なスキルを持つ人材を探す」という問いの限界

人事・採用の現場における標準的な出発点は「ポジション定義」である。まず担当すべき職務(Job Description)を設計し、そこから必要なスキルセット・資格・経験年数を逆算し、それに合致する候補者を市場から探し出す——このプロセスはコーゼーション(Causation)的意思決定の典型形態である。

コーゼーション的人事の論理は、予測が可能な環境では機能する。既存事業の繰り返し運営において必要なスキルは比較的明確であり、要件定義→採用→配置のラインが成立する。しかし、新規事業の立ち上げ・市場の急速な変化・組織の戦略的転換が求められる文脈では、この逆算型の人事設計が根本的に機能不全に陥る

なぜか。Sarasvathy(2001)が熟達した起業家27名の意思決定プロトコル分析から示したように、予測不可能な状況では「目標を先に決めてから手段を調達する」アプローチより「今持っている手段から到達可能な目標を探索する」アプローチの方が優れた成果をもたらす(p. 245)。これは起業家の意思決定理論として提唱されたものだが、人事・組織設計の文脈にも直接適用できる原理である。

本稿では、エフェクチュエーションの第一原則「手中の鳥(Bird in Hand)」を人事戦略の中核に据え、採用・配置・組織設計における新しいアプローチを提案する。

手中の鳥原則と人事設計の接続点

Sarasvathy(2008)は手中の鳥原則を「熟達した起業家は目標ではなく、今手元にある手段から出発する」と定義し、その手段を3カテゴリに分類した(pp. 15–16)。

  • Who I am(自分は何者か): 価値観、強み、個人的特性
  • What I know(何を知っているか): 専門知識、暗黙知、スキルセット
  • Whom I know(誰を知っているか): ネットワーク、人的つながり

この3カテゴリは、個人起業家の「手段棚卸し」として設計されたものであるが、組織における人材の理解にそのまま転用できる。従業員一人ひとりが持つ「Who / What / Whom」は、組織にとっての潜在的な手段の在庫であり、これをいかに発見し・活かし・組み合わせるかが、エフェクチュエーション的人事設計の本質となる。

コーゼーション的人事とエフェクチュエーション的人事の対比

局面コーゼーション的エフェクチュエーション的
採用の出発点ポジション要件の定義候補者の手段(Who/What/Whom)の棚卸し
配置の基準JD適合度手段の組み合わせによる可能性の探索
キャリア開発スキルギャップを埋める既存の強みを起点に展開する
組織設計戦略から機能を逆算人材の手段の束から新規機能を発現させる
評価の視点目標達成率新しいコミットメントの創出

採用への応用:「適性評価」から「手段発見」へ

従来の採用面接の問題構造

従来の採用面接は、「この候補者は我々のポジションに必要なスキルを持っているか」という問いを中心に設計される。技術テスト・ケース面接・コンピテンシー評価——これらはすべて、事前に定義された「正解のプロフィール」への適合度を測る仕組みである。

この設計の問題は、測れないものが測られないという点にある。候補者の潜在的な「Whom I know(誰を知っているか)」——将来のパートナー、顧客、アドバイザーになり得るネットワーク——は、多くの場合、採用評価の対象に入らない。「Who I am」の深層にある価値観・信念・情熱も、履歴書や標準的な面接では表面しかつかめない。

Read et al.(2011)は、エフェクチュエーションの実践における人的ネットワークの重要性を強調し、熟達した起業家が「自分が誰を知っているか」を戦略的に活用することを示した(p. 72)。採用においても同じ問いが有効になる。「この人が持つネットワークは、組織のどんな新しい可能性を開くか」という問いは、JD適合度評価とは全く異なる採用判断の軸を提供する。

エフェクチュエーション的採用面接の設計

手中の鳥原則に基づく採用面接は、以下の問いの構造を中心に再設計できる。

Who I am を探索する問い:

  • 「これまでのキャリアで、自分らしさが最も発揮された場面はどこでしたか?その時、あなたはどういう判断をしていましたか?」
  • 「自分が仕事において絶対に妥協しない価値観を3つ挙げるとしたら?」

What I know を探索する問い:

  • 「あなたが今日、他の誰よりも深く理解していると言える領域はどこですか?それはなぜですか?」
  • 「言語化しにくいが確かに持っている『勘』や『経験則』はありますか?」

Whom I know を探索する問い:

  • 「あなたが連絡すれば即日会ってもらえる、業界内外のユニークな人は誰ですか?」
  • 「あなたのネットワークの中で、弊社がまだアクセスできていない可能性を持つ人やコミュニティはどこにいますか?」

これらの問いに対する答えは、「正解」を評価するのではなく、その候補者が組織に持ち込む手段の多様性と独自性を評価するための材料である。Sarasvathy(2008)が強調するように、手段の多様性が高いほど、到達可能な目標の選択肢が広がる(p. 16)。

配置設計への応用:ポジション適合から手段活用へ

「配置転換」の論理を逆転させる

日本企業の人事配置において、多くの場合、配置決定は「ポジションの空き→適任者の選定」という順序で行われる。これはコーゼーション的な配置論理である。

エフェクチュエーション的配置設計はこれを逆転する。「この従業員が持つ手段の組み合わせが最も活きる文脈はどこか」を先に問い、それに応じてポジションや役割を形成する。

この逆転は、特に新規事業・イノベーション・組織変革の文脈で強力な効果をもたらす。Sarasvathy(2001)が示したように、目標が不明確な状況では手段から目標を発見する思考順序の方が優れており(p. 252)、これは「何をすべきか分からない新しいポジション」に配置する人材選定にも直接適用できる。

チームコンポジションのエフェクチュエーション的設計

従来のチーム編成論は「プロジェクトの要件→必要なスキルセット→人材の組み合わせ」というロジックで設計される。エフェクチュエーション的チーム設計は異なる問いを立てる。

「このメンバーたちの手段(Who/What/Whom)を組み合わせた時、どんな新しいことが可能になるか」

この問いは、特にスタートアップや社内新規事業チームの立ち上げに有効である。Read et al.(2011)は、エフェクチュアルな起業家チームが「タスクを先に決めて人を割り当てる」のではなく「人を集めてからタスクを発見する」傾向があることを観察した(p. 68)。人の手段の束がチームの可能性を規定するという発想は、従来のプロジェクト管理論とは根本的に異なる。

「意外な組み合わせ」を意図的に設計する

手中の鳥原則をチーム設計に応用する際の実践的な問いは、「このメンバーたちのどの手段を組み合わせると、誰も予測していなかった可能性が生まれるか」である。

多様な産業バックグラウンドを持つメンバー同士の「知識の交差点」に新しい機会が生まれることは、イノベーション研究においても繰り返し観察されている(Johansson, 2004)。エフェクチュエーション的人事設計は、この交差点を意図的に設計することを組織の人事機能として定義する。

キャリア開発への応用:「ギャップ埋め」から「強み起点」へ

スキルギャップ論の限界

従来のキャリア開発論において支配的なのは「スキルギャップ(Skill Gap)」の概念である。「あなたは目標ポジションに必要なスキルのうち〇〇が不足している。これを補う研修を受けよ」——このアプローチは、コーゼーション的なキャリア設計の論理を反映している。

このアプローチの限界は、市場や組織が求めるスキルが急速に変化する環境では、「今不足しているスキル」を補い終わった頃には、そのスキルの希少性が低下しているという問題にある。ギャップ埋めのキャリア開発は、常に過去の需要を追いかける構造になりやすい。

「手段起点」のキャリア開発

エフェクチュエーション的キャリア開発は、問いを変える。「あなたはどんな不足を抱えているか」ではなく、「あなたが今持っている独自の手段の組み合わせから、どんな新しいキャリアの可能性を発見できるか」が問いの核心となる。

Sarasvathy(2008)が示した手段棚卸しの3カテゴリ——Who / What / Whom——は、キャリア開発においても有効なフレームワークである(pp. 15–16)。自分の価値観・強み・情熱(Who I am)と専門知識・暗黙知(What I know)と人的ネットワーク(Whom I know)を体系的に棚卸しすることで、自分だけが到達できる「ニッチな可能性空間」を発見できる。

人事部門の役割の再定義

エフェクチュエーション的なキャリア開発を組織として実現するためには、人事部門の役割自体を再定義する必要がある。従来の人事部門が「スキル管理・ギャップ充填・研修提供」を機能として持つとすれば、エフェクチュエーション的な人事部門は「手段の発見・可視化・組み合わせの促進」を機能として持つ。

具体的には、以下のような機能が中心になる。

手段データベースの構築: 従業員一人ひとりの Who / What / Whom を継続的に更新するデータベース。スキル管理システムとは異なり、定量評価できない「暗黙知」「ネットワーク」「情熱領域」もキャプチャする設計が必要。

内部マッチングの促進: 新規事業・プロジェクト立ち上げ時に、「このプロジェクトに最も有効な手段の組み合わせを持つメンバーはどこにいるか」を発見するための社内検索機能。

エフェクチュアル・アスクの文化形成: 社内において、「あなたに何ができますか?」という問いが自然に交わされる文化——エフェクチュアル・アスク(Effectual Ask)の組織内実践——を育てることも人事機能の一部となる。Sarasvathy と Botha(2022)が示したように、開放的な問いかけは相手が自発的にコミットメントの形を設計できる余地を生む——この原理は、新規事業の初期対話から社内ステークホルダーの巻き込みまで広く応用できる。

組織設計への応用:戦略から逆算しない

「戦略→組織」の逆転

コーゼーション的な組織設計論では「戦略は構造に先行する(Strategy precedes structure)」(Chandler, 1962)という命題が長く支配的であった。まず中長期戦略を策定し、それを実行する組織構造(機能・部門・役割)を設計するというアプローチである。

エフェクチュエーション的な組織設計は、この命題を条件付きで問い直す。環境の予測可能性が低い状況では、「持っている人材の手段から到達可能な戦略を発見する」という逆算が有効である。

Sarasvathy(2008)は「エフェクチュエーションにおいて目標は手段によって形成される(Goals are formed by means)」という原則を示した(p. 17)。これを組織設計に翻訳すれば、「組織が持つ人材の手段の総体から、到達可能な事業の方向性を発見する」というアプローチになる。

「手段の束」から新規事業を発現させる

日本の大企業において新規事業が機能しにくい理由の一つは、新規事業の定義が戦略的なトップダウンで決まり、その後で「この事業をやれる人材はいるか」が問われるという順序にある。この順序では、組織が潜在的に持つ手段の多くが活用されないまま埋もれる。

エフェクチュエーション的な新規事業創出のアプローチは逆である。まず組織内の「手段の棚卸し」を行い、既存のリソース・ネットワーク・知識の新しい組み合わせから事業の種を発見する。この発想は、シュンペーター(1934)が提唱した「新結合(New Combination)」——既存の要素の新しい組み合わせがイノベーションの源泉である——という概念とも共鳴する。

Read et al.(2011)はエフェクチュアルな起業家が「自分が持つリソースを使って、何ができるかを問い続ける」姿勢を持つことを示した(p. 57)。これは組織全体の発想法として導入できる。「我々が持つ人材の手段の束で、まだやっていないことは何か」という定期的な問いが、新規事業発見の起点となる。

実践への入口:組織内手段棚卸しのプロセス設計

エフェクチュエーション的人事戦略を組織として実践するための最初のステップは、従業員の手段棚卸しプロセスの設計である。以下に基本的なプロセス設計を示す。

ステップ1:個人レベルの手段棚卸し

手中の鳥インベントリーで示したフレームワークを用い、従業員が自分自身の Who / What / Whom を体系的に棚卸しする。このプロセスは、通常の人事評価とは切り離した「強みの発見」の文脈で行うことが重要である。評価への影響を恐れて本音が出ないような設計は避ける。

ステップ2:チームレベルの手段マッピング

チーム単位で、メンバー全員の手段を可視化する「チーム手段マップ」を作成する。「このチームに今あるものは何か」「誰も持っていない手段で、外から獲得できる可能性があるものは何か」という問いで設計する。

ステップ3:手段の組み合わせ探索(クレイジーキルト的)

クレイジーキルト原則を参照しながら、チームの手段と社外のパートナー・専門家・コミュニティを組み合わせることで新しい可能性を探索する。「誰に問いかければ、このチームの可能性が広がるか」という問いが中心になる。

ステップ4:許容可能な損失の範囲内での実験

発見された可能性の中から、許容可能な損失の範囲内で試せる最小の実験を設計する。大規模な組織変革よりも、「このチームでこの手段の組み合わせを使って、この問題に2ヶ月取り組んでみる」という小規模な実験が出発点として機能する。

「適性評価」型人事から「手段活用」型人事への転換

エフェクチュエーション的な人事戦略の導入は、人事部門の評価軸そのものを変える。「候補者・従業員がJD要件にどれだけ適合しているか」という評価から、「この人が組織に持ち込む手段の多様性と独自性が、組織の可能性をどう広げるか」という評価への転換である。

この転換は単なる評価手法の変更ではなく、組織が人材に向ける問いそのものの変換を意味する。「あなたは我々の要件を満たしているか」ではなく「あなたが持つものは、我々がまだ想像していない可能性を何か開くか」——この問いの転換が、エフェクチュエーション的人事の核心に位置する。

Sarasvathy(2001)が示した通り、エフェクチュエーションは予測が困難な環境における人間の行為可能性(human agency)を最大化するための思考フレームワークである(p. 250)。人事の文脈においても、この発想は「組織の行為可能性」を拡張する実践的な指針となる。


関連項目


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D., & Botha, H. (2022). Bringing people to the table in new ventures: An effectual approach. Negotiation Journal, 38(1), 11–34.
  • Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., Wiltbank, R., & Ohlsson, A.-V. (2011). Effectual Entrepreneurship. Routledge.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • Chandler, A. D. (1962). Strategy and Structure: Chapters in the History of the Industrial Enterprise. MIT Press.
  • Johansson, F. (2004). The Medici Effect: Breakthrough Insights at the Intersection of Ideas, Concepts, and Cultures. Harvard Business School Press.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.
  • 吉田満梨 (2018).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.

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