目次
起業家教育に埋め込まれた「誤った問い」
「起業家には特別な才能がある」「スティーブ・ジョブズのような天才に生まれなければ起業は難しい」——こうした語りは根強い。起業家教育の現場ですら、暗黙のうちに「起業家的才能は生得的なものか、少なくとも幼少期から培われるものだ」という前提が敷かれることがある。
Saras D. SarasvathyとSankaran Venkataraman が2011年にEntrepreneurship Theory and Practice(35巻1号)に発表した「Entrepreneurship as Method: Open Questions for an Entrepreneurial Future」は、この前提そのものを問い直した論文である。著者たちは「起業家とはどういう人物か(What kind of person is an entrepreneur?)」という問いではなく、「起業家はどのように考え行動するか(How does an entrepreneur reason and act?)」という問いに学問的焦点を移すことを主張した(Sarasvathy & Venkataraman, 2011, p. 113)。
この転換は些細なものに見えるかもしれない。しかし原典では、この問いの移動が起業家研究と起業家教育の根本的な再編成を要求する、と著者たちは論じる。
科学的方法との類比——ベーコンの「第二の嘆き」
Sarasvathy & Venkataraman(2011)の議論は、フランシス・ベーコン(Francis Bacon)の1620年の著作『ノヴム・オルガヌム(Novum Organum)』への言及から始まる(p. 114)。
ベーコンは自然界を理解するための方法——観察・実験・帰納・検証の体系——を定式化し、「科学的方法(Scientific Method)」の基礎を据えた。この方法論の確立によって、それまで天才や魔術師のものとされていた自然界の理解が、訓練された観察者なら誰でも習得できる再現可能な手続きへと変換された。科学は「天才だけのもの」から「方法を学んだ者のもの」になった。
Sarasvathy & Venkataraman(2011)がベーコンの文脈で参照するのは、ノヴム・オルガヌムでベーコンが自然界を解く方法の欠落を嘆いた一節——著者たちが「第二の嘆き(Second Lament)」と呼ぶ比喩——だ(pp. 114–115)。この比喩を起業家研究に当てはめ、著者たちは「人間の経済社会的問題を創造的に解決する方法が欠落している」という現代版の嘆きが存在すると主張する。
そして著者たちは問いを立てる。——自然界に「科学的方法」が存在するように、人間界の諸問題に対処する「起業家的方法(Entrepreneurial Method)」は存在するのか、と。
「起業家的方法」の主張——そのコア
Sarasvathy & Venkataraman(2011)が提示する「起業家的方法」の主張は以下のように要約できる(pp. 115–120)。
第一に、起業家的行為は、科学的探求と同様に体系化・教授・学習が可能な「方法」として記述できる。それは特定の個人の生得的才能ではなく、訓練によって習得可能な推論と行動のロジックだ。
第二に、この方法はSarasvathy(2001)が記述したエフェクチュエーション——手持ちの手段から始め、許容可能な損失の範囲で行動し、予期せぬ出来事を機会として活用し、コミットメントを持つステークホルダーとの関係構築を通じて市場を共創するロジック——としてすでに実証的に確認されている(p. 117)。エフェクチュエーションは、起業家的方法の経験的・記述的な核心部分を提供する。
第三に、この方法を学ぶことで得られるのは目標を達成する能力だけではない。「達成する価値ある新しい目的を見つけ・構築する能力」そのものだ(Darden Ideas, 2014)。これがエフェクチュエーションにおける「手中の鳥(Bird-in-Hand)」原則——目標から手段へではなく、手段から目標の可能性へ——との深い接続点だ。
第四にして最も急進的な含意として、著者たちは起業家的方法は「起業家になりたい人」だけに教えるべきものではなく、すべての人が習得すべき普遍的な推論ツールだと主張する(p. 133)。科学的方法を学ぶことがすべての市民に求められるように、起業家的方法もまた普遍的な教養となるべきだ、という主張だ。
エフェクチュエーションと「起業家的方法」の関係
原典を正確に読むと、Sarasvathy & Venkataraman(2011)における「起業家的方法」とエフェクチュエーションの関係は一対一の等号ではない。
エフェクチュエーションはSarasvathy(2001)が熟達した起業家のプロトコル分析から帰納的に記述した実証的な観察だ。27名の起業家が実際にどのように考えるかというデータから導出された5原則の体系である。
「起業家的方法」はそれをより大きな規範的・哲学的枠組みに位置づける試みだ。エフェクチュエーションが「熟達した起業家はこのように考える(記述的命題)」を提供するとすれば、「起業家的方法」は「人間界の諸問題に対処するためにこのように考えるべきだ(規範的命題)」へと議論を押し上げる。
Sarasvathy & Venkataraman(2011)はこの関係を明示している(pp. 116–117)。エフェクチュエーション理論は「起業家的方法」の経験的・記述的基盤を提供し、「起業家的方法」はエフェクチュエーションの適用範囲と規範的含意を拡張する。この相互的な関係が、2011年論文の理論的貢献の核心だ。
「起業家的方法」が示す5つの推論様式
Sarasvathy & Venkataraman(2011)は、起業家的方法の具体的な内容として、エフェクチュエーションの5原則を「人間界の問題に対処するための推論様式」として再記述する(pp. 117–120)。実務に翻訳すると、各原則は以下のような推論の形として理解できる。
手中の鳥(Bird-in-Hand)の推論は、「今自分に何があるか」から始まる帰納的探索だ。科学的方法における観察——先入観を持たず、手元にある現象を丁寧に記録する行為——と対応する。目標を先に定めて現象を解釈するのではなく、現象(=手持ちの手段)から解釈可能な可能性を開いていく。
許容可能な損失(Affordable Loss)の推論は、実験設計の考え方に類似する。科学者は大きな実験の前に小さなパイロット実験を行う。起業家的方法では、期待リターンの計算ではなく「どこまで失えるか」という損失上限の確認が実験設計の基準となる。これにより、不確実性が高くても行動を開始できる。
レモネード(Lemonade)の推論は、予期せぬ観察を「外れ値として排除する」のではなく「新たな仮説を生む機会として活用する」科学的態度に対応する。歴史上の多くの科学的発見は、計画外の観察から生まれた。起業家的方法も同様に、計画外の出来事を方法論の外側に置くのではなく、中心的な発見の源泉として内部化する。
クレイジーキルト(Crazy Quilt)の推論は、科学における同僚評価・研究コミュニティ・学際的協働に対応する。自分一人の観察・推論だけに依存せず、多様な視点を持つ参与者とのコミットメントを積み重ねることで、認識の射程と実行の可能性を広げる。
飛行機のパイロット(Pilot-in-the-Plane)の推論は、科学的方法の根底にある「人間は自然界を制御できる」というベーコン的な確信に対応する。起業家的方法における確信は「人間は起業家的行動によって未来を創造できる」というものだ。予測への依存ではなく、行動による制御——これが両方法の共通する認識論的姿勢だ。
「起業家的方法」が問い直す4つの前提
Sarasvathy & Venkataraman(2011)は、自らの主張が前提を覆す4つの問いを明示的に設定している(pp. 121–131)。
第一の問い: 起業家的な機会は発見されるのか、創造されるのか。 Shane & Venkataraman(2000)以降の機会発見論(Opportunity Discovery)では、機会は環境の中に先在し、起業家はそれを発見(Discover)するという前提が支配的だった。Sarasvathy & Venkataraman(2011)は、エフェクチュエーション的アプローチにおいては機会は創造(Create)されるという立場を鮮明にする。この問いへの答えが、起業家教育で何を教えるかを根本的に規定する。
第二の問い: 何が「起業家的行為」を他の行為と区別するのか。 新規性・不確実性・価値創造という要素が候補として挙げられる中、著者たちは「新たな目的を設定する行為そのもの」こそが起業家的行為の本質だと論じる。既存の目標を達成するための行為はコーゼーション的であり、達成すべき新たな目標を形成する行為がエフェクチュエーション的だ。
第三の問い: 起業家は「市場を発見」するのか「市場を作る」のか。 Sarasvathy(2008)の市場創造論と接続する問いだ。起業家的方法においては、市場はコミットメントを持つ参与者の集合から形成される人工物(Artifact)であり、起業家はその形成プロセスの能動的な設計者だ(Sarasvathy & Venkataraman, 2011, pp. 122–123)。
第四の問い: 起業家的方法はすべての人に教えられるか。 著者たちの答えは明確に「イエス」だ。科学的方法を学んだ誰もが実験を設計し観察を記録できるように、起業家的方法を学んだ誰もが不確実な状況で行動を開始し、ステークホルダーとのコミットメントを積み上げ、予期せぬ出来事を機会として変換できる——少なくともその認知的素地を持てる(pp. 132–133)。
起業家教育への含意——「誰に教えるか」の根本的転換
Sarasvathy & Venkataraman(2011)が起業家教育に対して提示する含意は、単なる教授法の改善ではなく、「誰を対象に教えるか」という前提の転換だ。
従来の起業家教育は、起業家志望者を対象にデザインされてきた。起業家的思考は起業を目指す少数のために有用だ、という前提があった。著者たちの主張はこれを覆す。市場が不確実性を帯び、テクノロジーが既存の産業構造を解体し、キャリアの非線形性が常態化した時代には、起業家的方法は誰にとっても必要な認知ツールだ(p. 133)。
これはSarasvathy(2008)が論じた「エフェクチュエーションは教えることができる(Effectuation is teachable)」という主張(p. 243)をさらに先に推し進めたものだ。エフェクチュエーションが「教えることができる」というのは技術論的な主張だが、「起業家的方法」論はそれが「全員に教えるべきだ」という規範的な主張へと昇格させる。
研究プログラムとしての「起業家的方法」——後続研究への影響
Sarasvathy & Venkataraman(2011)は、自らの論文を結論ではなく研究プログラムの開始点として位置づけている(pp. 130–132)。タイトルに「オープン・クエスチョンズ(Open Questions)」が含まれているのもこのためだ。
論文が提示したオープンな問いは、エフェクチュエーション研究の後続展開において具体的な形で継承されてきた。
Chandler et al.(2011)がエフェクチュエーションの測定尺度を開発し、定量的実証研究を可能にしたのは、「起業家的方法が測定・検証可能か」という問いへの実証的な応答だ。Wiltbank et al.(2009)がエンジェル投資家のコントロール志向とリターンの関係を実証したのは、起業家的方法の財務的妥当性を検証する試みだ。Sarasvathy & Venkataraman(2011)が問い直した「起業家的行為の本質」という問いは、その後の研究プログラム全体の方向性を規定した。
「起業家的方法」が示す限界と批判的検討
Sarasvathy & Venkataraman(2011)への批判的検討も必要だ。
第一の問いとして、「科学的方法との類比はどこまで有効か」がある。科学的方法は自然界という対象の特性——観察可能性・再現性・検証可能性——に基づいて成立する。起業家的行為が対象とする人間界の問題には、観察行為が対象を変化させるという反省性(Reflexivity)が内在する。起業家が市場を「観察」する行為は、市場そのものを変える。科学的方法との類比が持ち込む前提をどこまで適用できるかは、慎重な検討を要する。
第二の問いとして、「エフェクチュエーションが起業家的方法の核心を担うとすれば、コーゼーションはどう位置づけられるか」がある。Sarasvathy(2001)はコーゼーションとエフェクチュエーションを対立させるのではなく、状況に応じて使い分けられる2つの意思決定論理として位置づけていた(p. 252)。「起業家的方法」論においてコーゼーション的推論がどのような役割を担うかは、Sarasvathy & Venkataraman(2011)論文自体の中では十分に論じられていない。
「起業家的方法」論の現代的意義
Sarasvathy & Venkataraman(2011)が提示した問いは、発表から15年を経た現在も鮮度を保っている。
人工知能の普及によって「予測」に基づく意思決定は強化される一方、AIが予測できない領域——新たな目的を形成し、意味ある市場を共創し、予期せぬ出来事を機会として変換する——への起業家的方法の重要性は逆に高まっている。
起業家的方法は、不確実性の中で目標を形成する人間の固有能力を体系化したものだ。科学的方法が自然界を理解するための普遍的ツールであるように、起業家的方法は人間界の諸問題に対処するための普遍的ツールとなる可能性を秘めている——これがSarasvathy & Venkataraman(2011)の中心的な賭けだ。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135. https://doi.org/10.1111/j.1540-6520.2010.00425.x
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., & Sarasvathy, S. D. (2009). Prediction and control under uncertainty: Outcomes in angel investing. Journal of Business Venturing, 24(2), 116–133.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Bacon, F. (1620). Novum Organum. London. (邦訳: フランシス・ベーコン著, 桂寿一訳『ノヴム・オルガヌム』岩波書店, 1978年)