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“Lemonade: Leverage contingencies. In a world of uncertainty, unexpected events are common. Rather than adjusting to these events, effectuators use them as inputs to create new opportunities.”
— Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing, p. 51.
「計画通りに行かなかった」が政策の最大の問題なのか
行政の現場では、「計画通りに進まなかった」という評価が失敗の代名詞として機能している。補正予算、事業変更、期中の政策転換——これらはすべて「予定外」として記録される。
しかしこの評価軸には、根本的な問いが欠けている。「予定外に起きたことが、当初の計画より優れた結果をもたらしたとしたら、それは失敗なのか」という問いだ。
エフェクチュエーション理論の「レモネード原則(Lemonade Principle)」は、この問いを真正面から扱う。Sarasvathy(2008)の記述を直訳すれば「人生がレモンを投げてきたらレモネードを作れ」だが、より正確に言えば——偶発的な出来事を、事前には想定していなかった機会の入力として変換する能力——これが原則の核心だ(pp. 51–66)。
公共部門においてこの原則が特別な意味を持つのは、政策環境がそもそも偶発的出来事の連続だからだ。疫病の突然の流行、自然災害の予測不能な規模、市民の行動変容の想定外の速さ——これらは「リスク管理の失敗」ではなく、確率的に計算できないナイトリアン不確実性の性質として理解すべきものだ(Sarasvathy, 2001, p. 243)。
コーゼーション的な危機対応の限界
「想定外」への既定の応答
公共部門の危機対応には、ほぼ共通したパターンがある。想定外の事態が発生する。緊急の対策本部が設置される。既存のマニュアルか、類似の過去事例から対応策が導かれる。予算が組み替えられ、人員が再配置される。そして「平時の計画への回帰」が最終的な目標として設定される。
このプロセスは本質的に、コーゼーション(causation)型の思考に基づいている。Sarasvathy(2001)がコーゼーションと定義したのは、「所与の目標から出発し、その達成に最適な手段を選択するロジック」だ(p. 245)。危機対応においては「平時への復帰」が目標であり、そのための手段を動員することが全体の論理構造を形成する。
問題はそこではない。「想定外の事態が、実は新しい政策の可能性を示していた」という認識を、このプロセスが構造的に妨げる——そこが本質的な問いだ。
機会の識別を阻む制度的圧力
Dew, Velamuri & Venkataraman(2004)は、知識の分散(dispersed knowledge)という概念を用いて、中央集権的な計画立案の限界を論じた(Journal of Business Venturing, 19(5), 659–679)。社会に分散した知識は、行政の中央部門がどれだけ情報収集能力を高めても、完全に把握することは構造的に不可能だ。
この議論は、危機的状況に直面した公共部門に特別な重みを持つ。偶発的な事態が露わにする「現場の知識」——市民が実際に直面している問題の構造、既存サービスの盲点、潜在的な協力者の存在——は、計画段階では可視化できなかった資源である。コーゼーション型の危機対応は、この資源を見落とす。
レモネード原則と市民共同制作の接点
co-production という概念との構造的親和性
公共政策研究には「共同制作(co-production)」という概念がある。Ostrom(1996)が提唱したこの概念は、公共サービスの産出において市民が能動的な役割を担うことを記述する(World Development, 24(6), 1073–1087)。清掃活動への住民参加、患者と医療者の協働的なケア設計、地域防犯における住民パトロールなど、公共サービスの品質向上に市民の直接的な参与が不可欠な領域は広い。
エフェクチュエーションのレモネード原則とco-productionには、「予期しない当事者が新しい資源をもたらす」という構造的な親和性がある。
レモネード原則における「偶発的な出来事」は、多くの場合、計画外の人物・組織の出現という形を取る。その出現を「管理すべきノイズ」として処理するのではなく、「新たなコミットメントの申し出」として受け取るかどうかが分岐点になる。Sarasvathy(2008)はこれを「自己選択するステークホルダー」と表現した(pp. 67–82)。
公共部門のコンテキストでは、この「自己選択するステークホルダー」は市民そのものになる。政策の影響を直接受ける当事者として、彼らは時に行政が想定しない形でコミットメントを示す。その意思表示をどう受け取るかが、クレイジーキルト原則と連動したco-production設計の起点となる。
偶発的事態を政策資源に変換するプロセス
レモネード原則の実践は、3段階のプロセスとして整理できる。
第一段階: 偶発的事態を「問題」から「信号」として再定義する
想定外の事態が発生したとき、それを「計画の失敗」として記録するのではなく、「環境から届いた新しい情報」として捉え直す。Wiltbank, Dew, Read & Sarasvathy(2006)が論じた非予測的戦略(non-predictive strategy)のロジックに即して言えば、予測できなかった出来事は制御の失敗ではなく、コントロールの焦点を再設定するための材料だ(Strategic Management Journal, 27, 981–998)。
第二段階: 新たな資源をもたらす主体を特定する
偶発的事態の中に現れた、当初計画に存在しなかった行動主体を特定する。市民団体、当該領域の専門家、隣接する他省庁、民間企業——これらが「自己選択的に」姿を現す瞬間を、共同制作の開始点として受け取る。
第三段階: 目標を再形成してコミットメントを固める
新たな主体の参入によって、当初の政策目標が変容することを許容する。Sarasvathy(2001)が強調したように、エフェクチュエーションでは「目標は固定されたものではなく、手段とステークホルダーとの相互作用の中で漸進的に形成される」(p. 251)。この目標の可変性が、co-productionにおける市民参加の実質的な条件となる。
許容可能な損失との連動設計
実験規模を限定した偶発性の制度化
レモネード原則を公共部門で機能させるためには、偶発的な試みを可能にする制度的な空間が必要だ。許容可能な損失(Affordable Loss)原則との連動がここで重要になる。
公的資金の観点から言えば、「失敗した場合に失われる最大額」を事前に確定し、その範囲内で偶発性を活用した実験を設計することが現実的だ。補助金型の実証事業、サンドボックス型の規制適用除外、小規模なパイロット事業——これらは「許容可能な損失」の制度的形式として既に普及している。
問題は、これらの実験が「計画された仮説の検証」としてのみ設計される点だ。レモネード原則の観点からは、実験そのものが偶発的出来事を招き入れる仕組みとして機能することが重要だ。実験の過程で出現した予期しない参加者とその関心を、そのまま次のフェーズの設計に組み込む回路を持つかどうかが、イノベーション的な政策立案と従来型の実証実験を分ける境界線となる。
実践的含意——何が変わると機能するか
評価指標の変換
現在の公共部門の評価体系は、事前に設定した目標の達成率を中心に設計されている。レモネード原則を本当に制度に組み込むためには、「計画外の機会をどれだけ政策資源に変換したか」という指標を、評価体系の中に並列させる必要がある。
これは「何でもあり」ではない。Sarasvathy(2008)の原則は、偶発性を無秩序に歓迎するものではなく、「失っても許容できる範囲で偶発性に賭ける」という構造的な判断に基づいている(pp. 35–50)。評価の変換とは、偶発的な学びに制度的な正当性を付与することだ。
担当者の学習と組織文化
最終的に、レモネード原則の実践は組織文化と切り離せない。Dew, Read, Sarasvathy & Wiltbank(2009)が示したのは、エフェクチュエーション的な思考が専門家(熟達した起業家)と非専門家(MBA学生)の間で認知的に異なるという知見だった(Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309)。
公共部門においては、この認知の差が「制度が変わっても人が変わらない」という現象を生む。偶発的な出来事を機会として読む能力は、制度設計だけでは培われない。担当者レベルでの繰り返しの実践と、失敗を罰しない組織的な支援が不可欠だ。
政策イノベーションのレモネード・サイクル
エフェクチュエーションの手中の鳥原則が「今持っているものから出発する」という姿勢を定義するとするなら、レモネード原則は「出発した後に起きる予期しない出来事を、新しい手段として取り込む」姿勢を定義する。
公共部門のイノベーションは、多くの場合、一度計画された目標に向かって直線的に進む「矢」ではなく、環境との相互作用の中で目標そのものを形成していく「球体」に近い。この構造を認識したとき、「計画通りに行かなかった」はもはや失敗の記述ではなく、共同制作のプロセスが実際に機能したことの記述になりうる。
市民との共同制作が政策イノベーションを生む構造は、ここにある。
参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Dew, N., Velamuri, S. R., & Venkataraman, S. (2004). Dispersed knowledge and an entrepreneurial theory of the firm. Journal of Business Venturing, 19(5), 659–679.
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
- Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27, 981–998.
- Ostrom, E. (1996). Crossing the great divide: Coproduction, synergy, and development. World Development, 24(6), 1073–1087.