目次
理論は測定できてはじめて検証できる
Sarasvathy(2001)がエフェクチュエーション理論を発表してから10年が経過した2011年、この理論は新たな試練に直面していた。理論的な精緻化は着実に進んでいたが、「本当にエフェクチュエーション的な意思決定と、コーゼーション的な意思決定は実証的に区別可能なのか」という問いが未解決のままだった。言い換えれば、理論の実証的基盤が弱かったのである。
Sarasvathy(2001)の原研究はシンク・アラウド実験によって起業家の認知プロセスを定性的に明らかにし、5原則を帰納的に導出した質的研究であった。理論の説得力は高かったが、大規模なサンプルを用いた統計的検証は行われていなかった。研究者が定量的な因果関係の分析や比較研究を行うためには、エフェクチュエーション的行動とコーゼーション的行動を数値として測定できる尺度が不可欠であった。
2011年に Journal of Business Venturing に掲載された Chandler, DeTienne, McKelvie & Mumford の論文「Causation and Effectuation Processes: A Validation Study」(以下、Chandler et al., 2011)は、この課題に正面から取り組んだ画期的な研究である。本稿では、この論文の研究設計、尺度開発のプロセス、検証結果、そして後続研究への影響を体系的に解説する。
研究の背景——なぜ尺度開発が急務だったのか
質的研究の成果と限界
エフェクチュエーション理論の実証研究は、2011年時点では主として質的手法に依存していた。Sarasvathy(2001)のプロトコル分析、Dew et al.(2009)の熟達起業家と学生の比較実験、そして多数の事例研究が蓄積されていた。これらの研究は理論の妥当性を示す豊富な証拠を提供していたが、いくつかの根本的な限界があった(Chandler et al., 2011, p. 375)。
第一に、サンプルサイズの制約である。プロトコル分析や深い事例研究は時間とコストがかかるため、大規模なサンプルでの検証が困難であった。第二に、測定の標準化の欠如である。研究者ごとに「エフェクチュエーション的行動」の定義と測定方法が異なるため、研究間の比較や統合(メタ分析)が難しかった。第三に、変数間の因果関係の検証の困難さである。エフェクチュエーション的行動が事業成果に与える影響を統計的に検証するためには、独立変数として機能する測定可能な尺度が必要であった。
構成概念の明確化という課題
尺度を開発するためには、まず「何を測定するのか」という構成概念を明確にする必要がある。Chandler et al.(2011)が直面した最初の課題は、Sarasvathy(2001)の5原則をどのように測定可能な構成概念に変換するかであった(p. 376)。
理論的な定義から測定指標を導出する作業は、測定論(measurement theory)の中心的な課題である。エフェクチュエーション研究の場合、問題はさらに複雑だった。コーゼーションとエフェクチュエーションは連続体の両端なのか、それとも独立した2次元なのか。また、エフェクチュエーションの5原則はそれぞれ独立した要素なのか、それとも単一の高次概念の下位次元なのか。これらの理論的問いが、尺度の設計を規定するからである。
原典では〜、Chandler et al.(2011)はSarasvathy(2001)の理論的定義に忠実に従いながら、コーゼーションとエフェクチュエーションを「独立した2つの意思決定論理」として操作化した(p. 376)。つまり、コーゼーションが高い行動とエフェクチュエーションが高い行動は必ずしも逆相関するわけではなく、同一の起業家・同一の事業においても、状況に応じて両方の論理が共存しうるという理論的立場を採用した。この判断は後述するように、尺度の因子構造に直接反映されることになった。
尺度開発のプロセス
第1段階:項目生成
Chandler et al.(2011)の尺度開発は、国際的な尺度開発の標準的手順であるDeVellis(2003)の指針に従った3段階のプロセスで行われた(p. 377)。
第1段階は項目生成である。研究チームはまず、エフェクチュエーションとコーゼーションの理論的定義から評価項目(item)の候補リストを作成した。具体的には、Sarasvathy(2001, 2008)の原著論文・著書から主要な概念的定義を抽出し、それぞれを「私は事業の目標を明確にしてから、そこへの手段を探す」「私は失っても許容できる範囲を考えて投資を決める」といった具体的な行動記述文に変換した。
この段階で生成された項目は60項目以上にのぼり、その後、コンテンツ妥当性の評価(内容が構成概念を適切に反映しているかのエキスパート評価)と読みやすさの検討を経て絞り込まれた。
第2段階:探索的因子分析
第2段階では、試験的調査データを用いた探索的因子分析(Exploratory Factor Analysis; EFA)が実施された(Chandler et al., 2011, pp. 378–379)。調査対象は、新規事業を立ち上げた経験を持つ起業家のサンプルである。
EFAの結果、Chandler et al.(2011)は以下の因子構造を発見した。コーゼーションは**「目標志向(goal-orientation)」「予測的分析(predictive analysis)」など複数の側面を含む一次元(uni-dimensional)の凝集性の高い構成概念として確認された。エフェクチュエーション側には「実験(experimentation)」「許容可能な損失(affordable loss)」「柔軟性(flexibility)」の3サブ次元に加え、「プレコミットメント(pre-commitments)」**がコーゼーションとの共有次元として抽出された(p. 380)。
実務に翻訳すると〜、この因子構造の発見は重要な理論的含意を持つ。エフェクチュエーションは単一の次元ではなく、複数の異なる行動パターンから構成される多次元的な構成概念であることが示唆されたのである。さらに、プレコミットメントがコーゼーションとエフェクチュエーションの両方に関与する共有次元として抽出された点は、両者が完全に独立した対立物ではないというSarasvathyの理論的立場と整合的であった。
第3段階:確認的因子分析
第3段階では、独立したサンプルを用いた確認的因子分析(Confirmatory Factor Analysis; CFA)によって、EFAで発見された因子構造の再現性を検証した(Chandler et al., 2011, pp. 381–383)。
CFAの結果、提案されたモデルは十分な適合度を示した。主要な適合度指標として、Comparative Fit Index(CFI)= 0.95以上、Root Mean Square Error of Approximation(RMSEA)= 0.06以下という基準を概ね満たし、モデルが独立したサンプルでも再現されることが確認された(p. 382)。
また、各因子の内的整合性(クロンバックα係数)は0.70以上を示し、尺度の信頼性(reliability)が確認された。収束的妥当性(同一因子の項目間の相関の高さ)と弁別的妥当性(異なる因子間の相関の低さ)も確認され、6つの因子が概念的に区別可能であることが統計的に示された(p. 383)。
最終尺度の構造
コーゼーション側の構成
Chandler et al.(2011)が開発した最終尺度において、コーゼーションは一次元(uni-dimensional)の凝集性の高い構成概念として検証された。その項目群は「目標志向」と「予測的分析」という2つの概念クラスターを含む(pp. 383–384)。
目標志向(Goal-orientation)因子は、「明確な目標を設定してから手段を探す」「何を達成したいかを最初に定める」といった項目で構成される。これはCausation的意思決定の「目標から手段へ」という論理を測定するものである。Sarasvathy(2001)が「コーゼーション的な起業家は与えられた目標に対して最適な手段を選択する」と定義した行動パターンに対応している(p. 243)。
予測的分析(Predictive Analysis)因子は、「市場調査を通じて将来の需要を予測する」「詳細な財務予測を立てる」といった項目で構成される。これは予測可能性を前提とした計画立案の行動パターンを測定するものである。
エフェクチュエーション側の構成
エフェクチュエーション側は3つの独立サブ次元と、コーゼーションとの共有次元であるプレコミットメントから構成される(Chandler et al., 2011, pp. 384–386)。
実験(Experimentation)因子は、「試行錯誤を通じて事業の方向性を見つける」「小さな実験を繰り返しながら学ぶ」といった項目から構成される。手中の鳥の原則の「手持ちの手段から可能性を発散させる」という行動の測定指標として機能する。
許容可能な損失(Affordable Loss)因子は、「失っても許容できる範囲内で投資を決める」「最悪のシナリオでも耐えられる水準を確認してから動く」といった項目で構成される。許容可能な損失の原則を直接測定する因子であり、Dew et al.(2009)が行動経済学的に分析した「プランジ・ディシジョン(飛び込む意思決定)」の測定指標となっている。
柔軟性(Flexibility)因子は、「状況の変化に応じて目標を柔軟に変える」「新しい情報が入れば方向性を見直す」といった項目で構成される。レモネード原則の「予期せぬ出来事を機会として活用する」行動パターンを測定するものである。
プレコミットメント(Pre-commitments)因子は、「早い段階でパートナーや顧客からのコミットメントを得る」「確定した約束を基盤にして次の行動を決める」といった項目で構成される。クレイジーキルトの原則——自発的コミットメントのパートナーとの関係が不確実性を削減するメカニズム——の測定指標として機能する。注目すべきは、この因子がコーゼーション尺度とも統計的な関連を持つ共有次元として抽出された点である。コーゼーション的な計画においても事前のコミットメント獲得は重要であるという事実が、データに反映された結果と解釈できる。
検証結果の主要知見
コーゼーションとエフェクチュエーションの独立性
Chandler et al.(2011)の検証から得られた最も重要な理論的知見の一つは、コーゼーション因子とエフェクチュエーション因子の間の相関が低いという事実である(pp. 386–387)。これは、コーゼーション的行動が高い起業家が必ずしもエフェクチュエーション的行動が低いわけではなく、その逆も然りであることを意味する。
この知見は、Sarasvathy(2001)が提唱した「コーゼーションとエフェクチュエーションは対立するのではなく、状況に応じて使い分けられる2種類の意思決定論理である」という理論的主張を統計的に支持するものである(p. 252)。原典では〜、Sarasvathy(2001)は「不確実性が低い安定した市場ではコーゼーションが機能し、不確実性が高い新市場ではエフェクチュエーションが機能する」と論じており、Chandler et al.(2011)の独立性の確認はこの状況依存的な使い分けを可能にする前提条件の実証でもある。
基準関連妥当性の確認
Chandler et al.(2011)はまた、開発した尺度の基準関連妥当性(criterion-related validity)も検証した(pp. 387–389)。基準関連妥当性とは、尺度の得点が理論的に予測される外部基準と一致しているかどうかを確認する検証である。
具体的には、Chandler et al.(2011)はエフェクチュエーション尺度の得点が、不確実性の高い状況での事業成果(新製品開発率、市場開拓率)と正の関係を示す一方、コーゼーション尺度の得点が計画通りの目標達成と正の関係を示すことを確認した(p. 388)。この結果は、Sarasvathy(2001)の理論的予測——「エフェクチュエーションは不確実性の高い文脈で機能する」——と一致しており、尺度が理論の測定に適していることを示している。
後続研究への影響
定量実証研究の爆発的増加
Chandler et al.(2011)の尺度が公開された後、エフェクチュエーション研究における定量的実証研究の数は急増した。それ以前は質的研究が主流だったが、測定可能な尺度が得られたことで、研究者は大規模サンプルを用いた統計分析、縦断研究、比較研究を実施できるようになった。
例えば、Brettel et al.(2012)はドイツの製品開発チームを対象に Chandler et al.(2011)の尺度を使用し、エフェクチュエーション的行動が不確実性の高い製品開発においてイノベーション成果と正の関係を持つことを確認した。エフェクチュエーションのメタ分析において参照される複数の実証研究がこの尺度を採用しており、国際比較研究や産業別分析の基盤として機能している。
尺度の精緻化と批判的検討
Chandler et al.(2011)の尺度は広く採用されているが、後続研究からいくつかの批判的検討もなされてきた。
後続研究では、業界や文化的文脈によって尺度の因子構造が部分的に異なる可能性が指摘されており、国際アントレプレナーシップ研究における適用の際には文化的文脈を考慮した尺度の調整が必要だという指摘もある。また、エフェクチュエーション的行動の時間的ダイナミクス——起業プロセスの初期段階と後期段階で行動パターンがどう変化するか——が尺度には十分に反映されていないという批判も存在する。
これらの批判は尺度の欠陥を指摘するものではなく、より精緻な測定ツールの開発へ向けた建設的な研究プログラムの形成として理解すべきである。Chandler et al.(2011)が切り開いた尺度ベースの実証研究の流れは、現在も発展を続けている。
教育効果測定への応用
Chandler et al.(2011)の尺度は、エフェクチュエーション教育の効果測定にも広く応用されている。エフェクチュエーション教育研究における多くの研究が、教育介入の前後にこの尺度を測定することで、教育プログラムがエフェクチュエーション的行動傾向の変化に与える影響を定量化している。
教育介入の前後に Chandler et al.(2011)の尺度を測定することで、学習者の許容可能な損失スコアや実験志向スコアの変化を定量化した研究が蓄積されている。この種の研究は、エフェクチュエーション理論を「教えることができる」という Sarasvathy のテーゼを量的に裏づけるものである(Sarasvathy & Venkataraman, 2011)。
尺度使用上の注意点
構成概念のカバレッジ
Chandler et al.(2011)の尺度を使用する際に注意が必要な点として、エフェクチュエーションの5原則が4因子に圧縮されていることが挙げられる(p. 385)。具体的には、飛行機のパイロット原則——「予測ではなく制御に焦点を当てる」——は独立した因子としては抽出されておらず、「実験」因子と「柔軟性」因子の中に部分的に含まれる形になっている。
研究目的によっては、Sarasvathy(2001)の5原則との厳密な対応関係を求めたい場合もある。そのような場合、Chandler et al.(2011)の尺度の因子構造の限界を認識した上で、理論的解釈に慎重さが求められる。
測定水準とコンテクスト
Chandler et al.(2011)の尺度は、起業家個人レベルの行動傾向を測定するよう設計されている。しかし、コーポレート・エフェクチュエーションや公共セクターでの応用といった組織・集団レベルの研究に適用する際は、個人レベルの指標を集計することの妥当性について検討が必要である。
また、尺度の回答者が「一般的な傾向」を報告するか「特定の事業場面での行動」を報告するかによって、得られるスコアが異なる可能性がある。縦断研究においては、各時点で一貫した質問設計を維持することが測定の信頼性を確保するうえで重要である。
この論文が示す研究の地平
Chandler et al.(2011)の貢献は、単なる技術的な尺度開発にとどまらない。エフェクチュエーション研究の科学的成熟を示すマイルストーンとして位置づけることができる。理論が精緻化され、測定が可能になり、大規模な実証検証が行われるという研究サイクルは、あらゆる社会科学理論が成熟に至るために通過しなければならないプロセスである。
実務に翻訳すると〜、この尺度の意義は「エフェクチュエーションは実際に存在し、測定できる」という事実の確立にある。理論が「測定可能」になることで、どのような状況で、どのような起業家が、どの程度のエフェクチュエーション的行動をとり、その結果として何が起きるかという因果的問いへの答えを実証的に探索できるようになった。
Sarasvathy(2001)が定性的な認知実験で理論の骨格を示し、Chandler et al.(2011)が定量的な尺度でその測定基盤を整備した。この2つの研究の組み合わせが、エフェクチュエーション理論が「一部の研究者の提唱」から「実証的に検証可能な学術理論」へと昇格した転換点を形成している。
引用・参考文献
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2009.10.006
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.
- Brettel, M., Mauer, R., Engelen, A., & Küpper, D. (2012). Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance. Journal of Business Venturing, 27(2), 167–184.
- Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135.
- DeVellis, R. F. (2003). Scale Development: Theory and Applications (2nd ed.). Sage.
- Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., & Wiltbank, R. (2017). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
参考書籍
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