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Sarasvathy(2001)AMR論文——コーゼーションとエフェクチュエーションの理論的分岐点

Saras Sarasvathyが2001年にAcademy of Management Reviewに発表した基礎論文を解読。経済的必然性から起業家的偶有性への理論的転換の論理構造を解説し、コーゼーションとエフェクチュエーションの根本的な差異を明らかにする。

約17分
目次

一本の論文が問い直した前提

2001年。Academy of Management Review 第26巻第2号に、Saras D. Sarasvathyの “Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency” が掲載された。起業家研究の射程を刷新した、あの一作だ。

それまでの主流的見解は、起業を「市場機会の発見→最適な資源配分→期待リターンの最大化」という合理的プロセスとして描いていた。起業家を「経済的必然性(economic inevitability)」に従って行動する存在として捉えるこの枠組みは、新古典派経済学の論理を色濃く引き継いでいた。Sarasvathyはこれを問い直した。起業家的行動の本質は合理的最適化ではなく「起業家的偶有性(entrepreneurial contingency)」——偶然と手中の資源と人間関係の絡まりの中で、予測不可能な未来を形づくる能力。そこに本質がある、と。

この論文は、後に出版された著書『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ(Effectual Entrepreneurship)』の理論的核心を先行して提示している。サラスバシーの原研究がThink-aloud protocolによる実験データの記述に重点を置いていたのに対し、2001年論文はデータから導出された理論を学術的に定式化し、既存の起業家研究との対話を試みた点で性格が異なる。

コーゼーションとエフェクチュエーション——二つの論理

Sarasvathyは論文の核心として、コーゼーション(causation)エフェクチュエーション(effectuation) という二つの意思決定論理を対置する。

コーゼーションとは何か。コーゼーションは、与えられた目標(effect)を出発点として、それを達成するための最適な手段(cause)を選択する論理である。意思決定者は、明確な目標を持ち、利用可能な複数の手段を評価し、期待リターンが最大になる手段を選ぶ。ビジネススクールのカリキュラムで教えられる標準的な戦略分析——市場機会の特定、競合分析、資源最適化——は、このコーゼーションの論理に基づいている。コーゼーションの問いは「与えられた目標を最も効率的に達成するにはどうすればよいか」である。

エフェクチュエーションとは何か。エフェクチュエーションは、与えられた手段(means)を出発点として、そこから実現可能な多様な目標(effects)を想像する論理である。意思決定者は固定された目標を持たない。代わりに、「自分が誰であるか(who I am)」「何を知っているか(what I know)」「誰を知っているか(whom I know)」という現時点での手中の資源を確認し、そこから到達できる可能性の空間を拡張していく。エフェクチュエーションの問いは「手元にあるものでどのような目標が実現可能か」である。

Sarasvathyはこの対比を、料理の比喩で説明する。コーゼーションの料理人は「今夜はビーフシチューを作る」と決め、必要な食材リストを作り、スーパーマーケットで買い揃える。エフェクチュエーションの料理人は冷蔵庫を開け、「あるもの(鶏肉、玉ねぎ、白ワイン)でおいしい料理を作る」ことを考える。前者は目標が手段を決定し、後者は手段が目標を形成する。

四つのコアの原則——論文が定式化したもの

この論文において、Sarasvathyはエフェクチュエーションを構成する論理として四つの核心的な命題を定式化した。

第一:手中の鳥の原則。コーゼーションが目標達成に必要な資源を外部から調達しようとするのに対し、エフェクチュエーションは現時点で制御可能な手段(who I am, what I know, whom I know)から行動を構想する。出発点は目標ではなく手段である。

第二:許容可能な損失の原則。コーゼーションが期待リターンの最大化を基準に意思決定するのに対し、エフェクチュエーションは許容できる損失の上限を設定する。これはリスクの定量化が困難な真の不確実性(Knightian uncertainty)の状況において、合理的な認知的適応である。ナイト的不確実性とエフェクチュエーションの関係はこの点をさらに掘り下げる。

第三:レモネードの原則。コーゼーションが予期せぬ出来事を排除すべき外乱として扱うのに対し、エフェクチュエーションはそれを目標の再設定や手段の拡大のための情報として積極的に活用する。偶然(contingency)は回避すべき問題ではなく、機会として転用できる素材である。

第四:クレイジーキルトの原則。コーゼーションが競合を排除・克服すべき対象として捉えるのに対し、エフェクチュエーションは自発的コミットメントを持つパートナーとの協働を通じて、手段と目標の双方を共創する。市場は分析し攻略するものではなく、人間関係のネットワークを通じて共に構築するものである。

なお、五つめの「パイロット・イン・ザ・プレーン」の原則は後の著作でより明示的に展開されるが、この2001年論文にもその萌芽が見られる。未来は予測に適応するものではなく、行動によって創造するものだという信念がそれである。

なぜ「理論的転換」なのか——経済的必然性から起業家的偶有性へ

論文のサブタイトル「経済的必然性から起業家的偶有性への転換」は、単なる修辞ではない。Sarasvathyはここで、起業家研究の認識論的前提を問い直している。

経済的必然性(economic inevitability) の見方は、「市場には客観的に存在する機会があり、優れた起業家はそれを発見する」という前提に立つ。機会は外部に存在し、起業家はその発見者である。したがって、より正確な情報収集、より高度な分析、より合理的な意思決定が成功の鍵となる。この見方は、Kirzner的な機会発見論(opportunity discovery)と親和性が高い。機会の発見と創造はこの論点を比較検討している。

起業家的偶有性(entrepreneurial contingency) の見方は、「機会は外部に客観的に存在するものではなく、起業家の行動を通じて形成される」という前提に立つ。市場の未来は所与ではなく、起業家がパートナーと共に創り出すものである。不確実性は克服すべき外部環境の性質ではなく、起業家が手元の資源を使って働きかける素材である。この見方は、Weickの意味形成(sensemaking)論やBarney的な資源ベース観とも接点を持ちながら、そのいずれとも異なる独自の立場を形成する。

この転換は、メタファーのレベルでも鮮明に示される。コーゼーションのメタファーは「将軍の作戦計画」——明確な目標、詳細な地図、最適化された戦略。エフェクチュエーションのメタファーは「パイロットの即興操縦」——刻々と変わる天候、予測できない機材の状態、それでも着陸を実現するための適応と即興。飛行機のパイロット原則はこのメタファーの詳細を論じる。

理論的位置づけ——既存研究との対話

2001年論文でSarasvathyは、エフェクチュエーションを単なる経験則として提示するのではなく、既存の社会科学・経済学・認知科学の議論と正面から対話させた。

Simonの限定合理性との関係。Sarasvathyは、カーネギーメロン大学でのSimonへの知的負債を率直に認める。人間は完全な情報と無限の計算能力を持たない。認知的制約のもとで意思決定する「満足化(satisficing)」の原理は、エフェクチュエーションの基礎にある。ただしSarasvathyは、この制約を克服すべき欠陥として捉えない——むしろ起業家的知性の源泉だ、と論じる。情報の不完全性こそが、行動の可能性空間を開く。

Knightian uncertaintyとの関係。Frank Knightが1921年に提唱した「リスク」と「不確実性」の区別——確率計算可能なリスクと、確率分布すら定義できない真の不確実性——はエフェクチュエーションの中核的前提となっている。新興市場の創造、まだ存在しない製品の開発、未知の顧客ニーズへの対応は、確率論的リスク管理が適用できない真の不確実性の領域である。エフェクチュエーションは、この種の不確実性に特有の合理的対応として理論的に定式化された。

Weickの意味形成との関係。Karl Weickが組織論で展開した「行動が思考に先行し、意味は行動の後から形成される」という sensemaking の概念は、エフェクチュエーションの実行ロジックと共鳴する。計画してから行動するのではなく、行動しながら意味を形成し、方向を修正していく。ただしSarasvathyは、エフェクチュエーションをWeickの組織論的文脈に還元しない——起業家的意思決定の固有の論理として独立させている。

理論的含意と後続研究への橋渡し

この論文が後の研究に与えた影響は、大きく三方向に及ぶ。

起業家教育の再設計。もし起業家的思考がコーゼーションではなくエフェクチュエーションを中心に展開されるなら、ビジネススクールの伝統的カリキュラム——市場分析、事業計画、財務予測——は本質的に間違ったモデルを教えていることになる。Sarasvathyらはこの含意を引き継ぎ、エフェクチュエーションを基礎とした起業家教育の再設計を議論することになった。

実証研究の展開。2001年論文は主として概念的・理論的なものだった。だが、これが研究プログラムの基盤となった。その後Chandler et al.(2011)による測定尺度の開発、Read, Song & Smit(2009)によるメタ分析、各国・各文脈での実証研究へと続く。エフェクチュエーション測定研究およびRead・Song・Smit(2009)メタ分析はその代表的成果だ。

理論批判との対話。エフェクチュエーションが影響力を持つようになるにつれ、論理的整合性、定義の曖昧さ、コーゼーションとの境界への批判も積み重なった。エフェクチュエーション理論への批判と限界はこれらを体系的に整理している。

コーゼーションとエフェクチュエーションは二者択一か

2001年論文が時に誤読されるのは、コーゼーションとエフェクチュエーションを「どちらが正しいか」という二者択一の問いで捉える解釈においてである。Sarasvathyの論理はそうではない。

コーゼーションが有効なのは、目標が明確で、環境が予測可能で、既存のデータが豊富な状況である。確立されたブランドの製品ライン拡張、規制要件への対応、標準化されたプロセスの最適化——これらはコーゼーション的アプローチが合理的に機能する領域である。

エフェクチュエーションが有効なのは、目標が曖昧で、環境が真の不確実性のもとにあり、将来の予測が原理的に困難な状況である。新市場の創造、未知の顧客ニーズへの対応、技術の不連続的変化への適応——これらがエフェクチュエーションの本領である。

より精緻な解釈では、多くの起業プロセスはコーゼーションとエフェクチュエーションを状況に応じて往復する。事業の初期段階では手中の手段とパートナーシップによるエフェクチュエーション的展開が支配的であり、規模が拡大しビジネスモデルが確立されるにつれてコーゼーション的管理が比重を増す。コーゼーションとエフェクチュエーションの境界条件はこの文脈依存性を論じる。

起業家理論の「科学的成果物」としての位置づけ

論文のもう一つの貢献は、エフェクチュエーションを「観察可能で反証可能な命題の集合」として提示したことにある。Sarasvathyはこれを「始源的命題(proto-theory)」として慎重に提示し、後続の実証研究による検証を明示的に求めた。

この姿勢は、起業家研究における一種の転換点を表していた。それまでの多くの起業家研究は、実証的に検証困難な命題を「原則」として提示するにとどまっていた。Sarasvathyは、Think-aloud protocolによる実験データという実証的基盤の上に理論を構築し、さらにそれを反証可能な命題として定式化することで、起業家研究を「科学的プログラム」として前進させようとした。理論の成熟と批判的議論はこの後続展開を論じる。

2001年のこの論文が起業家研究に与えた影響は、20年以上を経た現在も続いている。エフェクチュエーションは今日、起業家研究の主要な理論的枠組みの一つとして定着し、世界各国の大学院プログラムで教授されている。「経済的必然性から起業家的偶有性へ」——この問い直しが、起業とは何かをめぐる私たちの理解を変えた。

関連記事

2001年AMR論文の議論を引き継ぐ研究や、理論の応用展開を扱った記事は以下を参照。

参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Knight, F. H. (1921). Risk, uncertainty and profit. Boston: Hart, Schaffner & Marx.
  • Simon, H. A. (1996). The sciences of the artificial (3rd ed.). MIT Press.
  • Weick, K. E. (1995). Sensemaking in organizations. Sage.
  • Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
  • Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.

参考書籍

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