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公共部門でのエフェクチュエーション——制約条件下での創発的政策設計

公共政策の制約(税金・説明責任・長期スパン)はエフェクチュエーションを阻むのか、むしろ駆動するのか。Sarasvathy(2008)の5原則を、NESTA・MindLab・18F・Policy Lab といった海外公共イノベーション機関と、日本のデジタル庁・国土交通省の実践に重ねて読み解く。

約27分
目次

“Causation models take a particular effect as given and focus on selecting between means to create that effect. Effectuation models take a set of means as given and focus on selecting between possible effects that can be created with that set of means.”

— Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), p. 245.

「制約だらけの公共部門」を制約から読み直す

公共部門でエフェクチュエーション理論を語るとき、最初にぶつかる壁は「制約」だ。税金で運営されている以上、無謀な賭けは許されない。説明責任は事前の目的設定を要求する。政策の効果は10年単位の長期スパンで評価される。これらの条件は、起業家文脈で記述された手段起動型の意思決定とは正反対の構造に見える。

しかし、この直感は逆向きにも読める。

「制約条件下で限られた手段から最大限のものを引き出す」というのは、エフェクチュエーションそのものの定義だ。 Sarasvathy(2001)はエフェクチュエーションを「given means(与えられた手段)から開始し、それで創出可能な possible effects(実現可能な効果)の中から選択する意思決定様式」として定義した(p. 245)。公共部門の構造的制約は、この定義の前半——「given means」——を強制的に受け入れさせる。問題は、後半の「可能な効果の選択」を制度がどこまで許容するか、という設計の問題に転化する。

本記事は、この視点から公共部門のエフェクチュエーションを論じる。Japan サイト上の関連記事として公共部門での政策イノベーション会津若松・金融庁サンドボックスの事例分析が既に存在するため、本稿は 海外公共イノベーション機関の実践と、その失敗事例を含めた構造的考察 に焦点を当てる。NESTA(英)、MindLab(デンマーク)、18F(米)、そして日本のデジタル庁・国土交通省の事例を通じて、制約条件下での創発的政策設計 の論理を取り出す。


公共部門の3つの制約と5原則の対応関係

制約1:税金——許容可能な損失の制度的義務化

民間の起業家にとって「失っても耐えられる損失額」は個人の資源と価値判断で決まる。公共部門ではこの判断が制度化される。補助金事業、実証実験予算、規制サンドボックスの適用範囲——これらは事前に「失敗した場合の損失上限」を金額・期間・適用地域として定義する制度だ。

Sarasvathy(2008)の許容可能な損失(Affordable Loss)原則——「期待リターンの最大化ではなく、最悪のシナリオで失う額を事前に確定し、その範囲内で行動する」(pp. 35–50)——が、公共部門ではむしろ 「やるなら必ずこの形式で」と要求される強制原則 として現れる。税金という制約は、許容可能な損失の論理を オプションから義務に変換する

制約2:説明責任——目的の事後的再記述装置

説明責任(accountability)の要請は、コーゼーション型の意思決定を誘導する。「なぜそれをやるのか」を事前に説明できなければ予算は通らない。

しかしこの制約は、Sarasvathy(2008)が言う 「ゴール曖昧性(goal ambiguity)」 との対話を強制する効果も持つ(pp. 24–25)。「目的は何か」を制度的に問われるたびに、政策立案者は 手元の手段から逆算してでも目的を言語化する作業 を強いられる。この言語化のプロセスは、エフェクチュエーションでいう「ゴールの逐次形成」と機能的に重なる。説明責任は、エフェクチュエーション的プロセスの結果を事後的に「目的」として再記述させる装置として働く。

制約3:長期スパン——飛行機のパイロット原則の時間的拡張

民間の起業家が四半期や年単位で行動するのに対し、政策は10年・20年単位で評価される。10年後の精確な予測は誰にもできない。 Sarasvathy(2008)の飛行機のパイロット(Pilot-in-the-Plane)原則——「未来を予測するよりも、行動で未来を形成する」(pp. 89–100)——は、長期スパンの政策ほど強く要請される。長期スパンという制約は、皮肉にもエフェクチュエーション的な思考を要求する制度的圧力として働く。


海外公共イノベーション機関の系譜と教訓

NESTA(英国)——準公的組織として制約を再設計する

NESTA(Nesta、National Endowment for Science, Technology and the Arts)は、1998年の National Lottery Act により国民くじ基金の £2.5億の資金で英国議会が設立した、科学・技術・芸術のイノベーションを支援する組織だ(Nesta brief history)。2012年、政府の executive non-departmental public body から独立した慈善団体(charity)への移行が完了し、その後は公共部門イノベーションの中核プレイヤーとして機能している。

NESTA の構造的特徴は、「公共的使命を持つが、政府本体の調達制度・人事制度の制約を受けない」 という設計にある。これは Sarasvathy(2008)が言う「許容可能な損失の制度化」を組織レベルで実装した形だ。基金からの運用益を実験的プロジェクトに投じ、失敗してもプロジェクト単位で吸収できる規模に切り出す。

NESTA は2016年、Greater London Authority と協働で英国初の Office of Data Analytics(ODA)を設立した。その後、英国内で12以上の地方自治体に同様の ODA が展開された(Nesta - Innovation in the Public Sector)。最初から「全英展開する完全な制度」を設計したのではなく、ロンドンの一機関で実験し、コミットメントを集めた地域に拡張する という、典型的なクレイジーキルト(Crazy Quilt)型の展開だ(Sarasvathy, 2008, pp. 55–68)。

Mulgan & Albury(2003)が公共部門イノベーションの3段階——「possibilities の生成 → pilot による検証 → 成功事例のスケーリング」——として記述したプロセスは、エフェクチュエーション的な手段起動型の展開と整合する。NESTA は、この3段階を組織的に実装した稀有な事例だ。

MindLab(デンマーク)——成功した政策イノベーション機関がなぜ閉鎖されたか

デンマークの MindLab は、2002年に設立された世界初の政府公式イノベーションラボの一つで、16年以上にわたって政策設計に人間中心デザインとエスノグラフィの手法を持ち込んだ機関だ。複数の省庁の共同出資により運営され、Observatory of Public Sector Innovation(OECD-OPSI)のMindlab Methods は世界各国の policy lab 設計の参照モデルとなった。

MindLab は2018年5月に閉鎖された(How Denmark lost its MindLab)。閉鎖の理由は失敗ではなく、政府の優先順位が「実験と探索」から「デジタル変革の実装」へとシフトした こと、そして共同出資省庁の一部が資金提供を撤回したことだった。閉鎖と同時に、Disruption Task Force という新しい組織がデジタル変革に特化した形で立ち上がった。

エフェクチュエーション理論の視点から MindLab の閉鎖を読むと、興味深い構造が浮かび上がる。

  • クレイジーキルトの脆弱性:複数省庁の自発的コミットメントによって運営されていたため、コミットメントが減退すると組織自体が継続できない。これはクレイジーキルト原則の表裏一体の特徴だ。コミットメントによってプロジェクトの形が動的に変化することは、コミットメントの撤退によってプロジェクト自体が消滅することと同じ機構を共有している(Sarasvathy, 2008, pp. 55–68)。
  • レモネードとしての解散:MindLab の閉鎖は、その方法論が政府全体に「拡散」した結果でもある。元 MindLab スタッフは省庁内に分散し、Disruption Task Force やデンマーク国家のデジタル変革に貢献した(OECD-OPSI Public Sector Innovation Scan of Denmark)。「ラボとしての MindLab」が消えても、手法と人材という means は組織を超えて存続した

これは公共部門の policy lab というアウトプット形式そのものが、エフェクチュエーション的な「試行と拡散」のサイクルの中で位置付けられることを示唆する。MindLab の16年の生涯は、特定組織の永続を目指す失敗ではなく、手段の社会的拡散を完了させた成功と読める。

18F(米国)——10年で閉鎖された公共サービスのスタートアップ

米国 General Services Administration(GSA)の18F は、2014年に設立された連邦政府内のテクノロジー・コンサルティングチームで、10年間で450以上のプロジェクトを通じて連邦政府のデジタルサービスを改善してきた(GSA at 10 years 18F celebrates)。U.S. Web Design System や cloud.gov、login.gov の初期構築に関与し、米国のデジタル政府の基盤を作った。

18F は2025年3月、第二次トランプ政権下の連邦政府人員削減(Department of Government Efficiency 関連の RIF)の一環として閉鎖された(GSA shutters 18F)。約70人のスタッフが解雇され、18F が手がけていた連邦各機関への支援プロジェクトは、引継ぎ先未定のまま停止した。

18F の10年と閉鎖は、公共部門におけるエフェクチュエーションの 政治的脆弱性 を示す。18F は連邦政府内で「手中の鳥」原則を実践する稀有な組織だった。少人数のチームで、特定省庁が今困っている課題に対し、手元のオープンソース技術と専門人材で動き始める。コミットメントを示す省庁とパートナーシップを組み、プロジェクト単位で動的に編成する。これは民間のエフェクチュエーション的スタートアップの構造を公的機関内に移植したものだ。

しかし18F の閉鎖は、組織のエフェクチュエーション的な特性そのものが、政治的優先順位の変動に対する脆弱性となる ことを示した。安定的な法的根拠(statutory mandate)を持つ伝統的官僚組織と異なり、18F はその柔軟性ゆえに、政治判断で容易に解体される対象となった。

エフェクチュエーション理論を公共部門に適用する際、この 「柔軟性と脆弱性のトレードオフ」 は中心的な実践課題となる。Sarasvathy(2008)の理論が明示的には扱わない次元の問題だ。

Policy Lab(英国 Cabinet Office)——制度内エフェクチュエーションの一つの解

英国 Cabinet Office の Policy Lab は2014年に設立された政府内の政策設計実験機関で、デザインリサーチ、エスノグラフィ、データサイエンスを政策プロセスに統合してきた。NESTA のような独立基金型でも、MindLab のような共同出資型でもなく、政府機関の一部として通常予算で運営される 点が特徴だ。これにより、政治的優先順位の変動に対する耐性は独立法人型に比べて低い反面、政策プロセス本体への組み込み度合いは高い。「政府内に小さなエフェクチュエーション空間を作り、その出力をコーゼーション型の政策プロセスに接続する」というハイブリッド設計である。


日本の省庁レベルでの実践

デジタル庁——既存システムの「given means」化

2021年9月に発足したデジタル庁は、省庁レベルの公共イノベーション組織として位置付けられる。発足時、「ゼロから理想のデジタル政府を設計する」のではなく、各省庁・自治体に既存のシステム、データ、人材を所与とした上で接続性を高める という設計思想を採ったことは、エフェクチュエーション理論の視点から興味深い。

手中の鳥(Bird-in-Hand)原則の「Who I am / What I know / Whom I know」を政府全体に展開すれば、「What this government is(法的権限の分散と省庁縦割り構造)/ What this government knows(蓄積された業務知識と既存システム)/ Whom this government knows(民間企業・自治体・国民との既存関係)」となる。理想のデジタル政府像から逆算するのではなく、これらの given means から接続可能な可能性を探索する——マイナンバー基盤の活用拡張、ガバメントクラウドへの段階的移行、自治体DX標準化——が、デジタル庁の初期施策の構造に見える。

国土交通省 PLATEAU——3D都市モデルから始まる手段起動型政策

国土交通省が2020年から推進する PLATEAU プロジェクトは、全国の3D都市モデルをオープンデータとして整備し、防災・まちづくり・モビリティへの活用を促進する取り組みだ。

PLATEAU の設計の特徴は、「3D都市モデルの完成形と用途を事前に定義しない」 ことにある。整備したデータが何に使われるかは、自治体・企業・研究機関の自発的な活用により事後的に形成される。実際、防災シミュレーション、観光VR、自動運転実証、太陽光発電適地分析など、当初の想定を超えた活用が次々と現れている。

これは Sarasvathy(2008)の言う レモネード(Lemonade)原則——「予期せぬ出来事を機会として活用する」(pp. 51–66)——を、データインフラ整備のレベルで具現化した事例だ。整備した手段(3D都市モデル)から、想定外の possible effects(活用形態)を選択する というプロセスが、政府主導の標準化と民間・自治体の自発的探索の交点で機能している。


公共部門エフェクチュエーションの実践原則

海外と日本の事例から取り出せる、公共部門でのエフェクチュエーション実践のための原則を整理する。

原則1:制約を「given means」に転換する

公共部門の制約——予算上限、説明責任、長期スパン——は、エフェクチュエーションを阻む障壁ではなく 「与えられた手段の構成要素」 として再解釈する。「予算上限がある」のは「許容可能な損失が制度的に確定している」ことであり、「説明責任が要請される」のは「目的の事後的言語化が制度的に強制される」ことだ。

原則2:実験空間を制度内に埋め込む

NESTA の独立基金、MindLab の共同出資ラボ、18F の連邦政府内チーム、Policy Lab の Cabinet Office 内組織——これらはすべて、通常の行政組織の制約から相対的に保護された「エフェクチュエーション空間」を制度的に確保する設計 だ。完全に独立しても、政治的優先順位の変動で消滅しうる(18F、MindLab)。完全に通常組織内に置くと、組織の慣性に飲み込まれる。最適解は文脈依存だが、「埋め込み」と「保護」のバランス設計 が共通の課題となる。

原則3:コミットメントの非対称性を引き受ける

クレイジーキルト原則は、自発的コミットメントを持つステークホルダーの参加によってプロジェクトを形成する論理だ(Sarasvathy, 2008, pp. 55–68)。公共部門での実装では、コミットメントの 非対称性 を理解する必要がある。一部の省庁・自治体・企業の強いコミットメントが、他の主体のコミットメントを誘発する。初期の少数のコミットメントを掴むことに集中する のが現実的だ。NESTA のロンドンODA からの全英展開、PLATEAU の先行自治体からの広域展開は、この非対称性を活用している。

原則4:成功した手段の社会的拡散を組織存続から切り離す

MindLab の閉鎖が示したのは、ラボ自体が消滅しても、手法と人材は社会に拡散する という構造だ。公共部門のエフェクチュエーション的試みは、組織形態の永続ではなく 手段の拡散と内部化の完了 を成功指標とする可能性がある。「組織は手段の運搬装置である」というエフェクチュエーション的な組織観に通じる。

原則5:政治的脆弱性に対する設計的応答

18F の閉鎖は、エフェクチュエーション的な柔軟性が政治的脆弱性となることを示した。応答として、法的根拠の確保、外部基金の活用、複数主体の共同出資、業績の可視化と社会的支持の蓄積など、組織の存続条件をエフェクチュエーション空間の運営と並行して設計する必要がある。


理論的反省:公共部門への適用の限界

Sarasvathy(2008)のエフェクチュエーション理論は起業家研究を出発点として構築されており、公共部門への適用は 類比的拡張 であることを忘れてはならない(p. 3)。特に以下の点で、起業家文脈の知見が公共部門にそのまま移転しない。

ゴールの政治性:起業家のゴール曖昧性は個人・チームの探索プロセスに帰属する。公共部門のゴール曖昧性は、民主主義的な合意形成プロセスに帰属する。後者では、多様なステークホルダーの利害対立そのものがゴール曖昧性の源泉となる。

リスクの社会的分配:起業家の許容可能な損失は個人・企業の資源喪失に関わる。公共部門の「実験」は税金と市民の生活に関わり、リスクの社会的分配の問題が中心に置かれる。

時間スパンの非可換性:起業家の試行錯誤は失敗のたびに学習を蓄積する。公共部門の失敗は、市民の生活に長期的な影響を残し、その影響は事後的に「失敗」と確定するまでに長い時間がかかる。

これらの留保を認識した上で、エフェクチュエーション理論が公共部門に提供するのは、「制約条件下での創発的な手段起動」を正当化する理論的言語 だ。これは詳細な実装ガイドラインではなく、現場の実践を読み解くレンズ として機能する。


まとめ——制約を駆動力に変換する

公共部門の構造的制約は、エフェクチュエーションを阻むものではない。むしろ 「given means から始める」というエフェクチュエーションの定義を制度的に強制する 環境として、公共部門は理論の論理を最も純粋に試す場所だ。

NESTA、MindLab、18F、Policy Lab という海外の事例は、それぞれ異なる組織設計でエフェクチュエーション空間を制度内に確保する試みだった。それぞれが成功と失敗、永続と閉鎖の異なる結末を辿った。日本のデジタル庁と国土交通省 PLATEAU は、省庁レベルでの実践として注目できる。

Sarasvathy(2008)が一貫して強調したのは、エフェクチュエーションとコーゼーションが 相互補完的なロジック だという点だ(p. 73)。公共部門においても、すべての政策をエフェクチュエーション的に設計すべきだという主張は理論から導けない。前例のない不確実性の領域では手段起動型を、安定的な行政サービス提供では計画型を、文脈に応じて使い分ける ことが、政策立案者・行政官・政策研究者の実践的課題となる。

そしてその使い分けの判断軸を、エフェクチュエーション理論は明確に提供する。未来が予測可能なら計画せよ。予測不可能なら、手元の手段で未来を形成せよ。 この一文に、公共部門のイノベーションの本質が凝縮されている。


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参考文献

参考書籍

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