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商圏人口を数え、可処分所得の推計を出し、高齢化率を確認する。数字がそろうころには、たいてい同じ結論に行き着く。この地域に、事業として成立する市場はない。
その計算は間違っていない。商圏人口も消費支出も、正しい統計から正しく積み上げられている。ただし、その計算が答えを出せる場所は、市場がすでに存在し、これから伸びていくことを前提にした場所に限られる。人口が減っていく地域は、その前提の外にある。
地元で何かを始めたい人が、市場調査をするほど動けなくなるのは、意志が弱いからでも、計画が甘いからでもない。渡された道具のほうが、その場所に合っていない。
予測型の道具は、市場が伸びる前提でできている
商圏人口の推計が意思決定に使えるのは、どんな条件のときか
商圏分析・市場規模推計・需要予測は、母集団の分布がある程度安定していて、過去のデータから将来を確率的に見積もれる状況で機能する。前年の実績に成長率を掛け、競合の数で割り、獲得可能なシェアを仮置きする。この手続きが意味を持つのは、「市場」という対象がすでに存在し、その変化が連続的であることが前提になっているからだ。
Knightian uncertainty——確率分布そのものが分からない状況の定義
経済学者フランク・ナイト(Knight, 1921)は、リスクと不確実性を区別した。リスクとは確率分布が既知の状況における意思決定であり、不確実性とは確率分布そのものが分からない状況を指す。将来何が起こりうるかの選択肢すら、あらかじめ列挙できない。
Sarasvathy(2001, 2008)が示した非予測的統制(non-predictive control)の論理は、この不確実性の領域で有効な意思決定の型として提示された。未来を予測してから行動するのではなく、手元の手段から行動し、行動そのものが未来の一部を形作っていく。
人口減少地域で崩れているのは、予測の前提そのもの
人口が減り続ける地域では、過去のトレンドを延長しても将来の市場規模は出てこない。転出入・出生率・産業構造の変化が絡み合い、確率分布として扱える安定した母集団が存在しない。これはKnightian uncertaintyの条件そのものだ。商圏人口の推計そのものは正確でも、それが意思決定の根拠として機能するための前提——市場がすでに存在し、連続的に変化する——が地域の側で崩れている。
補助金や創業融資の申請書は、この崩れた前提の上に立っている。事前の事業計画・売上予測・KPIの提示を求める書式は、目標から逆算する計画型の意思決定——コーゼーション——の構造をそのまま制度に埋め込んだものだ。地域の起業支援は、支援するつもりで、起業家を計画型の手続きに押し戻している。
5原則を、人口減少という制約に当てて読み替える
人口減少という条件そのものを、Sarasvathy(2008)が定義した5原則に当てて読み替えると、動き出す起点が変わる。
手中の鳥——「余っているもの」ではなく手段の在庫
空き家、耕作放棄地、廃校、地縁——これらは地域が失ったものの一覧として語られがちだが、手中の鳥(Bird in Hand)原則に当てれば、手元にある手段の在庫である。Who I am(自分は何者か)、What I know(何を知っているか)、Whom I know(誰を知っているか)の棚卸しという出発点は都市部でも地域でも同じだが、地域ではその在庫の中身が、空き家や休耕地という物理的な資産にまで広がる。
許容可能な損失——兼業を前提に固定費を設計する
期待リターンを最大化するのではなく、失っても生活が壊れない範囲を先に決める許容可能な損失(Affordable Loss)原則は、人口減少地域では兼業・副業で具体化しやすい。本業の収入を残したまま固定費を最小化し、撤退線をあらかじめ引いておく。市場が縮んでいるという条件は、この設計を「慎重さ」から「前提条件」に変える。
レモネード——高齢化・人口流出を、避ける材料ではなく入力にする
高齢化や人口流出は、地域の起業支援の場では、ほぼ例外なく悪条件として数えられる。だが空き家の増加は物件取得コストの低下でもあり、後継者不在は事業承継の機会でもある。予期せぬ出来事を機会として活用する——レモネード(Lemonade)原則が言っているのは、この読み替えのことだ。条件を反転させるのではなく、条件をそのまま事業の入力として読み直す。
飛行機の中のパイロット——縮む市場を設計対象として扱う
縮んでいく市場規模は、当たるかどうかを賭ける予測の対象ではない。未来を予測する対象ではなく、行動によって形作る対象として扱う——飛行機の中のパイロット(Pilot in the Plane)原則が指すのは、この姿勢だ。自分の行動が市場の形を変えていくという前提に立てば、市場規模という数字は着手を決める材料ではなくなる。
地域では、最初のステークホルダーが顧客ではない
クレイジーキルトの順序が都市部と違う
都市部のスタートアップは、まず顧客の先行コミットメント——初期契約や予約——を取りにいく。地域では順序が変わる。建物の貸主、農地の所有者、自治会、信用金庫や商工会の担当者——売上を直接生まない関係者が、顧客より先に来る。自発的にコミットしてくれるステークホルダーを、目標に先んじて受け入れていく。クレイジーキルト(Crazy Quilt)原則は、まさにこの順序の入れ替わりを指している。
売上を生まない関係者の先行コミットメントが、事業の形を変える
これは「地域のしがらみ」と呼ばれてきたものの多くを、別の言葉で言い直しているにすぎない。しがらみとは、事後的に見ればクレイジーキルトが要求するステークホルダー・ネットワークそのものである。誰が先にコミットするかによって、使える物件、動かせる予算、頼れる人手が変わり、結果として立ち上がる事業の形そのものが変わる。地主の理解を得られるかどうかが、事業計画より先に事業の輪郭を決めてしまう。
関係人口という概念を、クレイジーキルトの日本的な変形として読む
定住も観光も超えた「関係人口」という概念は、居住を条件にしないステークホルダーの巻き込みという点で、クレイジーキルトの日本的な変形として読める。地域に住んでいない協力者も、自発的なコミットメントさえあれば、事業の形を共同で作るパートナーになりうる。
今日からできることと、この記事が扱わないこと
市場規模の推計を止め、代わりに手持ちの手段を書き出す。誰を知っているか、何を持っているか、何ができるか。そのうえで、失っても生活が壊れない金額と期間を先に決める。この2つが済めば、市場が縮んでいるかどうかは、着手の判断材料から外れる。
手段の棚卸しは手中の鳥インベントリーと5ドル・テストで、許容可能な損失の設計は許容可能な損失の予算化で具体化できる。ステークホルダーの巻き込み方はクレイジーキルトのステークホルダー・ネットワークに、理論的な背景はKnightian uncertaintyとエフェクチュエーションの適用にまとめてある。
この記事は、地域を救う話でも、成功事例を集めた話でもない。判断の順序を組み替える話であり、地域の課題解決そのものを扱う話ではない。行政・自治体側から見た同じ論理は、公共部門とエフェクチュエーションで扱っている。
結論
市場規模の推計をやめたとき、手元に何が残っているか。空き家、知っている人、使える時間、失っても壊れない金額——それを数え終わるまで、市場が縮んでいるかどうかは、着手するかどうかの判断材料にならない。
参照文献
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- サラス・サラスバシー(高瀬進・吉田満梨 訳、加護野忠男 監訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.
- 吉田満梨・中村龍太 (2023).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.