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エフェクチュエーションが1分でわかる「初めての家庭菜園」のたとえ話

エフェクチュエーションとは、熟達した起業家に共通する意思決定の理論。「初めての家庭菜園」というたった1つの物語を通して、比較表を使わずに5つの原則を直感的に理解できるように解説する。

約9分
目次

「エフェクチュエーション」は、なぜ説明を読んでもピンとこないのか

エフェクチュエーションという理論の説明を読んでも、5つの原則の名前を並べられても、正直ピンとこないという人は多い。専門用語の羅列や因果論との比較表は、理解の助けになるどころか、かえって遠ざけてしまうことがある。

実は、この理論のほとんどは、もっと身近な物語の中にすでに詰まっている。マンションのベランダで家庭菜園を始めた、ある隣人の話がちょうどいい例になる(理解のために構成した架空のエピソードだが、家庭菜園に心当たりのある人には案外リアルに響くはずだ)。専門知識があるわけでも、立派な栽培計画を立てたわけでもないのに、この隣人は毎年、食べきれないほどのミニトマトやハーブを収穫している。この記事では、比較表も難しい専門用語も脇に置き、この1つの物語だけでエフェクチュエーションを体感してもらう。

より体系的な理論の全体像は「エフェクチュエーションとは何か」で詳しく扱っている。ここでは、まず「なるほど、そういうことか」という感覚をつかむことを優先する。

「何を育てるか」ではなく「何があるか」から始まった

隣人が家庭菜園を始めたきっかけは、壮大な計画ではなかった。使っていないプランターが3つベランダに転がっていて、実家の母から余った種をもらい、休日に少し時間の余裕があった——それだけだった。

「どんな庭にしたいか」という理想像を先に描いて、それに必要な土や苗を買い揃えるのではない。手元に何があるかを確認するところから全てが始まった。プランター、種、少しの時間。それが最初の元手のすべてだった。

Sarasvathy(2001)が起業家研究で発見したのも、これと同じ順序だった。熟達した起業家は「目標」から逆算するのではなく、「自分は何者か」「何を知っているか」「誰を知っているか」という手中の手段から出発する。これは理論の第一原則「手中の鳥(Bird in Hand)」と呼ばれる考え方であり、隣人のプランターは、まさにその実演だった。

ダメになっても諦めがつく分だけ、種を蒔いた

隣人はホームセンターで高価な苗を買い揃えたりはしなかった。もらった種のうち、失敗しても惜しくない量だけを蒔いた。「せっかく買ったのだから」という執着がないから、芽が出なくても気楽に次を試せる。

これは単なる節約志向ではない。「うまくいけばどれだけ得をするか」を計算して大きく張るのではなく、「失っても後悔しない範囲はどこまでか」を先に決めてから動く。この判断基準こそが、エフェクチュエーションの第二原則「許容可能な損失(Affordable Loss)」である。

期待リターンの最大化を考え始めると、人は動けなくなる。だが「これくらいなら失っても構わない」という線を引いた瞬間、行動のハードルは驚くほど下がる。隣人が毎年気軽に新しい野菜を試せているのは、そもそも一度に大きく賭けていないからだ。

隣人から株分けをもらって、庭の形が変わった

隣に住む別の家庭菜園仲間が「うちで余ったバジルの苗、いる?」と声をかけてきたのは、そんな頃だった。もらう予定など全くなかった苗だ。それをきっかけに、ベランダの片隅にハーブコーナーができた。

もし競合の家庭菜園ブログを研究し、「理想の配置」を先にリサーチしていたら、この展開は生まれなかっただろう。隣人がやっていたのは、分析ではなく、声をかけてくれる相手との関係を大事にすることだった。

これがエフェクチュエーションの第三原則「クレイジーキルト(Crazy Quilt)」にあたる。パッチワークのように、コミットしてくれる相手が持ち寄るものによって、事業や庭の形そのものが後から決まっていく。競合を分析するより先に、協力してくれる誰かとの関係が形を作る。

虫がついた日に、庭全体の設計が変わった

順調に見えた矢先、トマトにアブラムシがついた。普通なら「失敗した」と落ち込む場面だ。それでも隣人は偶然、以前もらっていたマリーゴールドの苗を思い出し、虫よけを兼ねてトマトの隣に植えてみた。

結果、翌年からは最初からハーブと野菜を組み合わせて植える「コンパニオンプランツ」という発想が庭全体の設計に取り入れられるようになった。アブラムシという予期せぬトラブルが、庭をより良くするきっかけになったのである。

エフェクチュエーションの第四原則「レモネードの原則(Lemonade)」は、まさにこの態度を指す。予期せぬ出来事をリスクとして避けるのではなく、レバレッジ可能な機会として扱う。「人生がレモンをくれたなら、レモネードを作ればいい」という発想だ。

収穫日を予測するのではなく、毎日の手入れで形にした

隣人は「何月何日に何キロ収穫できるか」という精緻な計画を立てていたわけではない。天気予報とにらめっこして完璧なスケジュールを組むのでもない。毎朝ベランダに出て、土を触り、葉の色を見て、その日にできる小さな手入れを積み重ねていた。

未来を正確に予測することは、誰にもできない。けれど、コントロールできる範囲の行動を積み重ねることで、収穫という結果は確かに形になっていく。これがエフェクチュエーションの第五原則「飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)」である。未来は予測して適応するものではなく、行動によって創造するものだ、という考え方である(Sarasvathy, 2001, p. 252)。

気づけば、隣人は理論を知らずに実践していた

隣人は「エフェクチュエーション」という言葉を一度も口にしたことがない。それでも、手元にあるものから始め、失っても構わない範囲で試し、声をかけてくれた相手との縁を大事にし、トラブルを次の工夫に変え、毎日の手入れで結果を形にしていた。5つの原則は、特別な誰かだけのものではない。

この物語を読んで、思い当たることはなかっただろうか。今取り組んでいる仕事や、始めようとしている小さな挑戦の中にも、すでに「手中の鳥」や「レモネードの原則」に近い場面があったはずだ。

  • 今、自分の手元には何があるか(手中の鳥)
  • 失っても後悔しない範囲はどこまでか(許容可能な損失)
  • 予期せぬ出来事を、どう次の一歩に変えられるか(レモネードの原則)

この3つを自分の状況に当てはめて考えてみることが、エフェクチュエーションを理論としてではなく、実践として使い始める最初の一歩になる。5つの原則それぞれをさらに深く知りたい場合は、「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」、理論の全体像は「エフェクチュエーションとは何か」を参照してほしい。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.

この記事は、エフェクチュエーション専門家の荒井宏之(a.k.a. ピンキー)が監修しています。荒井は新規事業コンサルタントとして260社以上の事業創出に伴走した経験を持ち、エフェクチュエーション理論を日本の実務・教育文脈に翻訳・普及することを専門とする。

参考書籍

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