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ランチの店を決めるのに、口コミサイトを開いて星の数と写真を見比べる。休日の予定を決めるのに、 候補を3つ挙げてはそれぞれの記事を読み込む。習い事を続けるかどうか、引っ越し先をどちらにするか ——どれも、調べれば調べるほど決め手が増えるどころか、決められない理由の方が増えていく。
こういうとき人は「自分は優柔不断だ」と結論づけがちだ。だが原因は性格ではない。使っている 判断の道具が、その場面に合っていないだけだ。エフェクチュエーションは、起業家の意思決定を 研究する中から生まれた理論だが、その中心にある発想は起業とは無関係な日常の選択にもそのまま 使える。
「決められない」には2種類ある
選べない選択には、性質の異なる2種類がある。1つは、調べれば正解にたどり着ける選択だ。 どの保険が制度上有利か、どの経路が最短かは、情報を集めるほど答えに近づく。もう1つは、 やってみるまで正解が存在しない選択だ。この習い事が自分に合うか、この店の雰囲気が 気に入るかは、事前にどれだけ比較検討しても確定しない。
経済学者フランク・ナイトは1921年の著作で、確率の分布そのものが分かっている「リスク」と、 確率分布自体が分からない「不確実性」を区別した。エフェクチュエーションの提唱者 サラスバシーは、この不確実性(ナイトの不確実性)こそが起業家的な意思決定の前提であると位置づけ、 予測ではなく手元の手段から出発する論理を組み立てた。日常の小さな選択の多くも、実は この2つ目の種類に属している。
比較検討という道具は、1つ目の選択には有効だが、2つ目の選択には効かない。それどころか、 情報を集める行為そのものが「まだ決めなくていい理由」を静かに増やしていく。レビューを 読み込んでいる間は、決断を先延ばしにしていることにすら気づかない。
5原則を、今日の小さな選択の言葉に翻訳する
エフェクチュエーションの5原則は、起業家研究の言葉で語られることが多いが、日常の選択に 置き換えると次のようになる。
- 手中の鳥——「どの店が一番良いか」ではなく「今日、自分が知っている店・今すぐ行ける店は どれか」から選択肢を作る。まだ持っていない情報を条件にしない。
- 許容可能な損失——最悪の結果になったとき、どこまでなら受け入れられるかを先に決める。 「一番良い店に当たること」を追うのではなく、「外れても惜しくない予算と時間」の範囲で選ぶ。
- クレイジーキルト——一人で決め切ろうとせず、今すぐ聞ける相手に聞いてから決める。 店に詳しい同僚に一言尋ねるだけでも、比較サイトを何十件読むより早く判断材料が増える。
- レモネード——想定外の結果や失敗を、次の判断のための材料として扱う。選んだ店が期待外れ だったとき、その体験は次に使える情報を1つ増やす。
- 飛行機のパイロット——未来の満足度を言い当てようとするのをやめ、決めた後の自分の 動き方に注意を向ける。店の当たり外れそのものより、外れたときにどう過ごすかの方が、 自分でコントロールできる部分は大きい。
小さく決めて、結果から学び直す順序に切り替える
完璧な情報を集めてから一度で正解を当てにいく意思決定と、許容できる範囲の中で小さく決めて 結果を見る意思決定は、別のやり方だ。前者は事前の情報量が結果を決めると考える。後者は、 決めた後の動き方と、そこから何を拾うかが結果を左右すると考える。
これは「なんとなくえいやで決める」のとは違う(似ているようで、範囲を決めているかどうかが 分かれ目になる)。許容範囲を先に決めた上での、意図的な小さい賭けである。範囲を決めずに えいやで決めれば、外れたときに引きずる。範囲を決めてから小さく決めれば、外れても次に進める。
今迷っている選択を1つ選び、それが「調べれば正解が見つかる」種類か「やってみないと 分からない」種類かを見分ける。後者だと分かった時点で、情報収集の手は止まり、最悪 どこまでなら受け入れられるかを決めた上で、今日中に小さく決める段階に移る。
起業家の意思決定を研究した理論が、起業とは無関係な日常の選択にそのまま転用できるのは、 両者が対象にしている不確実性の種類が同じだからだ。理論の全体像は エフェクチュエーションとは何かに、ナイトの不確実性の 詳しい解説はKnightian uncertaintyとエフェクチュエーションの適用 と用語集: ナイトの不確実性にまとめてある。5原則それぞれの 詳解は手中の鳥の原則・ アフォーダブルロスとは?・ クレイジーキルトのステークホルダー・ネットワーク・ レモネードの原則・ 飛行機のパイロットの原則の各ページに続きがある。 キャリアという長期の決断にこの発想を広げる話は エフェクチュエーション キャリア設計、 仕事の場面での実践はエフェクチュエーションを実務で活かす に続きがある。
今、決められずにいる選択は、調べれば正解が見つかる種類か、やってみるまで分からない 種類か。後者であれば、情報を集める手はもう止めていい。