実践 | 書籍

情報を集めるほど、選べなくなる——日常の「決められない」を手放すエフェクチュエーション5原則

比較検討で解けない選択がある。エフェクチュエーションが対象にするナイトの不確実性の観点から、ランチの店や習い事の継続といった日常の小さな決断で立ち止まる原因を読み解き、手中の鳥・許容可能な損失など5原則を今日の判断に翻訳する。

約7分
目次

ランチの店を決めるのに、口コミサイトを開いて星の数と写真を見比べる。休日の予定を決めるのに、 候補を3つ挙げてはそれぞれの記事を読み込む。習い事を続けるかどうか、引っ越し先をどちらにするか ——どれも、調べれば調べるほど決め手が増えるどころか、決められない理由の方が増えていく。

こういうとき人は「自分は優柔不断だ」と結論づけがちだ。だが原因は性格ではない。使っている 判断の道具が、その場面に合っていないだけだ。エフェクチュエーションは、起業家の意思決定を 研究する中から生まれた理論だが、その中心にある発想は起業とは無関係な日常の選択にもそのまま 使える。

「決められない」には2種類ある

選べない選択には、性質の異なる2種類がある。1つは、調べれば正解にたどり着ける選択だ。 どの保険が制度上有利か、どの経路が最短かは、情報を集めるほど答えに近づく。もう1つは、 やってみるまで正解が存在しない選択だ。この習い事が自分に合うか、この店の雰囲気が 気に入るかは、事前にどれだけ比較検討しても確定しない。

経済学者フランク・ナイトは1921年の著作で、確率の分布そのものが分かっている「リスク」と、 確率分布自体が分からない「不確実性」を区別した。エフェクチュエーションの提唱者 サラスバシーは、この不確実性(ナイトの不確実性)こそが起業家的な意思決定の前提であると位置づけ、 予測ではなく手元の手段から出発する論理を組み立てた。日常の小さな選択の多くも、実は この2つ目の種類に属している。

比較検討という道具は、1つ目の選択には有効だが、2つ目の選択には効かない。それどころか、 情報を集める行為そのものが「まだ決めなくていい理由」を静かに増やしていく。レビューを 読み込んでいる間は、決断を先延ばしにしていることにすら気づかない。

5原則を、今日の小さな選択の言葉に翻訳する

エフェクチュエーションの5原則は、起業家研究の言葉で語られることが多いが、日常の選択に 置き換えると次のようになる。

  • 手中の鳥——「どの店が一番良いか」ではなく「今日、自分が知っている店・今すぐ行ける店は どれか」から選択肢を作る。まだ持っていない情報を条件にしない。
  • 許容可能な損失——最悪の結果になったとき、どこまでなら受け入れられるかを先に決める。 「一番良い店に当たること」を追うのではなく、「外れても惜しくない予算と時間」の範囲で選ぶ。
  • クレイジーキルト——一人で決め切ろうとせず、今すぐ聞ける相手に聞いてから決める。 店に詳しい同僚に一言尋ねるだけでも、比較サイトを何十件読むより早く判断材料が増える。
  • レモネード——想定外の結果や失敗を、次の判断のための材料として扱う。選んだ店が期待外れ だったとき、その体験は次に使える情報を1つ増やす。
  • 飛行機のパイロット——未来の満足度を言い当てようとするのをやめ、決めた後の自分の 動き方に注意を向ける。店の当たり外れそのものより、外れたときにどう過ごすかの方が、 自分でコントロールできる部分は大きい。

小さく決めて、結果から学び直す順序に切り替える

完璧な情報を集めてから一度で正解を当てにいく意思決定と、許容できる範囲の中で小さく決めて 結果を見る意思決定は、別のやり方だ。前者は事前の情報量が結果を決めると考える。後者は、 決めた後の動き方と、そこから何を拾うかが結果を左右すると考える。

これは「なんとなくえいやで決める」のとは違う(似ているようで、範囲を決めているかどうかが 分かれ目になる)。許容範囲を先に決めた上での、意図的な小さい賭けである。範囲を決めずに えいやで決めれば、外れたときに引きずる。範囲を決めてから小さく決めれば、外れても次に進める。

今迷っている選択を1つ選び、それが「調べれば正解が見つかる」種類か「やってみないと 分からない」種類かを見分ける。後者だと分かった時点で、情報収集の手は止まり、最悪 どこまでなら受け入れられるかを決めた上で、今日中に小さく決める段階に移る。

起業家の意思決定を研究した理論が、起業とは無関係な日常の選択にそのまま転用できるのは、 両者が対象にしている不確実性の種類が同じだからだ。理論の全体像は エフェクチュエーションとは何かに、ナイトの不確実性の 詳しい解説はKnightian uncertaintyとエフェクチュエーションの適用 と用語集: ナイトの不確実性にまとめてある。5原則それぞれの 詳解は手中の鳥の原則・ アフォーダブルロスとは?・ クレイジーキルトのステークホルダー・ネットワーク・ レモネードの原則・ 飛行機のパイロットの原則の各ページに続きがある。 キャリアという長期の決断にこの発想を広げる話は エフェクチュエーション キャリア設計、 仕事の場面での実践はエフェクチュエーションを実務で活かす に続きがある。

今、決められずにいる選択は、調べれば正解が見つかる種類か、やってみるまで分からない 種類か。後者であれば、情報を集める手はもう止めていい。

参考書籍

関連する記事

  1. 01 エフェクチュエーションの週次ふりかえり——5つの原則を5つの問いに変えて毎週回す
  2. 02 市場調査をするほど、始められなくなる——人口が減る地域の起業とエフェクチュエーション
  3. 03 なぜ人気クリエイターは「事業計画」を立てないのか——エフェクチュエーションで読む個人クリエイターの起業論
  4. 04 エフェクチュエーションが1分でわかる「初めての家庭菜園」のたとえ話
  5. 05 ナイト的不確実性とエフェクチュエーション——測定不能領域での意思決定
  6. 06 コーゼーション vs エフェクチュエーション——再考