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国民文化とエフェクチュエーション——文化的文脈が起業家の意思決定ロジックを変えるか

Laskovaia・Shirokova・Morris(2017)らの実証研究を軸に、不確実性回避・個人主義・権力格差といったHofstede文化次元がエフェクチュエーション的思考の採用率と新規事業成果に与える影響を解説する。

約13分
目次

「エフェクチュエーションは文化を超えて機能するか」

エフェクチュエーション理論は、Sarasvathy(2001)がカーネギーメロン大学での実験研究をもとに提唱した意思決定ロジックであり、当初は米国の連続起業家を対象とした研究から生まれた(Sarasvathy, 2001, Academy of Management Review, 26(2), pp. 243–263)。理論が欧米のアカデミアを中心に広まるにつれ、一つの問いが研究者の間で繰り返し浮かび上がってきた——この思考様式は文化的に普遍なのか、それとも特定の文化的条件のもとでしか機能しないのか。

日本でも「エフェクチュエーション」という概念は確実に注目を集めているが、その背後には慎重に検討すべき問題がある。日本は世界有数の「不確実性回避(Uncertainty Avoidance)」が高い国のひとつとして、Hofstede(2001)の文化次元研究で知られている。もし不確実性回避の高さがエフェクチュエーション的思考と相性が悪ければ、日本での普及は理論的な矛盾を孕んでいることになる。

Hofstede文化次元フレームワーク

本論に入る前に、Hofstede(2001)の国民文化次元を確認しておく。Hofstede は80以上の国・地域にまたがるIBM社員調査をもとに、国民文化を以下の主要次元で測定した:

  • 権力格差(Power Distance):組織・社会内の権力の不平等をどの程度受け入れるか
  • 個人主義(Individualism)vs. 集団主義(Collectivism):個人の目標と集団の目標のどちらを優先するか
  • 不確実性回避(Uncertainty Avoidance):未知の状況や曖昧さに対してどの程度の不安を感じるか
  • 男性性(Masculinity)vs. 女性性(Femininity):競争・達成を重視するか、協調・生活の質を重視するか

これらの次元は起業家の意思決定に深く影響すると考えられており、エフェクチュエーション研究との接続が試みられてきた。

24カ国・3411社を対象とした実証研究

Laskovaia, A., Shirokova, G., & Morris, M.H.(2017)の研究は、この問いに対して最も体系的な実証データを提示した論文のひとつである。研究チームは、学生起業家を対象としたGlobal University Entrepreneurial Spirit Students’ Survey(GUESSS)のデータを使用し、24カ国・3411社の新規事業を分析した(Laskovaia et al., 2017, Small Business Economics, 49(3), pp. 687–709)。

研究の核心的な問いは「国民文化は起業家の認知ロジック(エフェクチュエーション的 vs. コーゼーション的)の選択を左右し、その認知ロジックは新規事業の業績を媒介するか」というものだった。

主要な発見

分析の結果、以下の知見が得られた:

  1. エフェクチュエーション的思考もコーゼーション的思考も、新規事業業績にプラスの影響を持つ。どちらが優れているという単純な優劣関係ではなく、両ロジックは異なる文脈で異なる価値を発揮する。

  2. 国民文化は起業家の認知ロジック採用に影響を与える。具体的には、不確実性回避が高い文化圏では起業家がコーゼーション的思考を選びやすく、個人主義が高い文化圏ではエフェクチュエーション的思考との親和性が見られた。

  3. 認知ロジックは文化と業績の間の部分媒介変数として機能する。文化は直接的に業績を決めるのではなく、どの意思決定ロジックを採用するかを通じて間接的に影響する。

この研究は「エフェクチュエーションは文化的に普遍ではなく、文化的文脈によって採用のしやすさが変わる」という重要な示唆を提供している。

クウェートからの証拠:高不確実性回避でも機能するエフェクチュエーション

Laskovaia et al.(2017)の研究と並んで、Magalhaes & Abouzeid(2018)の研究は注目に値する。彼らはクウェートのアラブ文化圏(権力格差・不確実性回避ともに高い)の起業家を対象に、エフェクチュエーションが機能するかを調査した(Magalhaes & Abouzeid, 2018, Journal of Global Entrepreneurship Research, 8, article 22)。

直感的には、不確実性回避が高い文化ではエフェクチュエーション(本質的に曖昧さを受け入れる思考)は機能しにくいと予測されそうだが、研究結果は逆説的だった。クウェートの起業家も新規事業設立においてエフェクチュエーション的アプローチを採用しており、高い不確実性回避はエフェクチュエーションの4属性(非予測的コントロール・許容損失・パートナーシップ・偶発性の活用)の採用を阻害しなかった。

この知見は、「文化的条件がエフェクチュエーションの採用を決定的に制限する」という単純な命題に疑問を投げかける。

日本文化とエフェクチュエーション——何が起きているか

日本の文化的プロファイルは、エフェクチュエーション普及の観点から独特の緊張関係を生み出している。Hofstede(2001)によれば、日本は不確実性回避が88(世界最高水準の一つ)で、これはエフェクチュエーションが想定する「曖昧さへの寛容」とは対照的に見える。一方で、日本の権力格差は54(中程度)、個人主義は46(やや集団主義寄り)と測定されている。

しかし現実には、日本の起業エコシステムではエフェクチュエーション的行動の事例が多数確認されている。本田宗一郎の「手中の鳥」的アプローチ(ホンダ創業期の事例参照)、ムジの生産者起点の商品開発(無印良品の事例参照)は、計画よりも手段から出発するエフェクチュエーション的実践の典型だ。

この「理論予測」と「実践事例」のギャップは何を意味するか。研究者の解釈は二つに分かれる:

  • 文脈説:日本でエフェクチュエーションが機能する文脈は、大企業内の新規事業(許容損失の設計が制度的に埋め込まれやすい)や、長期的なパートナーシップを重視する系列関係(クレイジーキルトの制度的類似)に限定されている
  • 習慣化説:熟達した起業家は文化的な不確実性回避を習慣的に「括弧に入れ」、より実践的なエフェクチュエーション的思考を発動できる

どちらの解釈も決定的ではないが、この問いは日本固有の起業家研究として今後の課題として残る。

コーゼーションとの共存——文化は「どちらか」を決めない

Laskovaia et al.(2017)の研究が示すもう一つの重要な含意は、文化はエフェクチュエーションかコーゼーションかという「二者択一」を決定しないという点だ。両方の認知ロジックが同一の起業家の中に共存し、状況に応じて使い分けられている。この「曖昧さ」は、コーゼーション vs. エフェクチュエーションの再考察で詳述しているが、文化的文脈によってそのバランスが傾くという構図として理解するのが適切だろう。

クレイジーキルト原則のステークホルダーネットワーク構築の観点からは、集団主義的な文化(日本・韓国・中国)では、自発的コミットメントの獲得よりも既存の関係性ネットワークを活用したパートナーシップ形成がエフェクチュエーション的行動と自然に合致する可能性がある。個人主義的な文化では、むしろ許容損失の設計や非予測的コントロール(「パイロット・イン・ザ・プレーン」原則)への傾きが強く出るかもしれない。

「文化への配慮」としての実践的示唆

この領域の研究が実務に与える最も重要な含意は、エフェクチュエーションの実践や教育プログラムが文化的文脈を無視してはならないという点だ。Sarasvathy(2008)が体系化した「エフェクチュエーション:起業家的専門性の要素」(Edward Elgar Publishing, ISBN: 9781843766803)は、理論の普遍性を主張しているが、その普及・実装においては文化的翻訳が必要となる。

日本でエフェクチュエーションを組織イノベーションに活用しようとするなら、「許容損失」の概念を先に制度的に合法化する(上司の承認を得て「失敗コスト」を事前設定する)といった文化適応が有効だと考えられる。「曖昧さを受け入れよ」というメッセージをそのまま高不確実性回避文化に持ち込むより、「損失の上限を決めれば動ける」という翻訳の方が受容されやすい。

まとめ:文化は制約ではなく、適応の素材

エフェクチュエーションは文化的に普遍的な思考ロジックを内包しているが、その採用パターン・効果の出方は国民文化によって異なる。Laskovaia et al.(2017)とMagalhaes & Abouzeid(2018)の研究は、文化が「エフェクチュエーションを阻む壁」ではなく「適応の素材」として機能することを示している。

起業家自身が自分の文化的バイアスを認識し、エフェクチュエーションの5原則をどの順序・どの強度で適用するかを意識的に調整できるようになること——それが、クロスカルチャー文脈でのエフェクチュエーション実践の核心である。


参考文献

  • Hofstede, G. (2001). Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors, Institutions and Organizations Across Nations (2nd ed.). Sage Publications.
  • Laskovaia, A., Shirokova, G., & Morris, M.H. (2017). National culture, effectuation, and new venture performance: global evidence from student entrepreneurs. Small Business Economics, 49(3), 687–709. https://doi.org/10.1007/s11187-017-9852-z
  • Magalhaes, R., & Abouzeid, M.A. (2018). Does effectuation apply across cultures? A study amongst entrepreneurs in Kuwait. Journal of Global Entrepreneurship Research, 8, article 22. https://doi.org/10.1186/s40497-018-0108-4
  • Sarasvathy, S.D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263. https://doi.org/10.5465/amr.2001.4378020
  • Sarasvathy, S.D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S., Kumar, K., York, J.G., & Bhagavatula, S. (2014). An effectual approach to international entrepreneurship: Overlaps, challenges, and provocative possibilities. Entrepreneurship Theory and Practice, 38(1), 71–93.

参考書籍

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