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連続・ポートフォリオ起業家とエフェクチュエーション——「熟達した起業家」はどのロジックで動くか

Morrish(2009)によるポートフォリオ起業家の質的研究と、習慣的起業家研究(Ucbasaran・Westhead・Wright)の知見を架橋し、複数事業を展開する連続起業家がエフェクチュエーションとコーゼーションをどう使い分けるかを解説する。

約12分
目次

「2度目の起業は1度目より速い」——その理由は何か

連続起業家(serial entrepreneur)を間近で見ると、奇妙な事実に気づく。2度目、3度目の事業立ち上げは、初回よりも圧倒的に速い。資金調達もパートナー探しも、ビジネスモデルの設計も、初回起業家に比べると驚くほどスムーズに進む。この差は「人脈」「資本」「知名度」で説明されることが多いが、研究者たちはより根本的な変数に注目している——意思決定ロジックそのものの変容である。

エフェクチュエーション理論の文脈でこの問いに最初に正面から向き合ったのが、Morrish(2009)の質的研究だ。

Morrish(2009):ポートフォリオ起業家の意思決定を解剖する

Shaun Morrishは、ニュージーランドの経験豊富なポートフォリオ起業家15名(保有事業数は3〜51社)を対象に、どのようなロジックで複数の事業ポートフォリオを形成・発展させているかを調査した(Morrish, 2009, Journal of Research in Marketing and Entrepreneurship, 11(1), pp. 32–48)。

研究の設計はSarasvathy(2001)の思考発話プロトコル(think-aloud method)に着想を得た質的ケーススタディで、各起業家の意思決定過程を詳細にトレースした。結果として浮かび上がったのは、段階論的な切り替えパターンだった。

発見①:初期フェーズはエフェクチュエーション

新規事業の立ち上げ初期——概念化から初期プロトタイプ、最初の顧客獲得まで——において、ポートフォリオ起業家はエフェクチュエーション的ロジックを強く発揮する。具体的には:

  • 手持ち手段からの出発:既存のネットワーク、過去の業界知識、手元の資本を起点に可能性を広げる
  • 許容損失の設計:「この事業にいくら失って構わないか」を先に決め、その範囲内でリソースを投入する
  • 自発的コミットメントの積み重ね:事前に市場調査を精緻化するより、コミットしてくれる最初のパートナーと顧客を探す

これはSarasvathyが示した熟達した起業家の典型的なロジックと一致する。

発見②:成熟フェーズはコーゼーションへ移行

しかし驚くべきことに、事業・ポートフォリオが成熟するにつれて、コーゼーション的ロジックへの移行が確認された。売上が安定し、事業の構造が明確になると、起業家たちは市場分析・競合ベンチマーク・財務予測といった計画的手法に切り替えていく。

Morrish(2009)はこの現象を「エフェクチュエーションは不確実性が高い創造フェーズの道具であり、コーゼーションは既知のパターンが増えた運営フェーズの道具だ」と解釈した。ポートフォリオ起業家は、この切り替えを意識的に、あるいは無意識に実行できるスキルを持っている。

習慣的起業家研究との接続

Morrish(2009)の知見は、Ucbasaran, Westhead, & Wright(2008)による習慣的起業家(habitual entrepreneur)研究と重要な接点を持つ。Ucbasaran et al. は、起業家を初回起業家(novice entrepreneur)と習慣的起業家(habitual entrepreneur)に分け、後者をさらに連続起業家(serial entrepreneur:事業を売却・解散してから次の事業を始める)とポートフォリオ起業家(portfolio entrepreneur:複数の事業を同時に保有・運営する)に分類した。

習慣的起業家の最大の特徴は、機会識別の質と速度だ。Ucbasaran et al. の研究では、習慣的起業家は初回起業家よりも多くのビジネス機会を認識し、その認識がより具体的で実行可能な形をとっていた。この「機会識別力の向上」は、まさにエフェクチュエーション的思考の深化——「手持ち手段から可能性を見る」視点の訓練——によって説明できる。

Sarasvathy(2001)が27名の熟達した起業家(平均起業経験11年)を対象としたオリジナル研究(Academy of Management Review, 26(2), pp. 243–263)で発見したエフェクチュエーション的思考も、経験の蓄積によって獲得されたロジックだという解釈と整合する。

「キャリア動機」とエフェクチュエーション選好の関係

Morrish(2009)の研究でもう一つ興味深い知見がある。インタビュー対象者のキャリア動機と意思決定ロジックの選好に相関があったという点だ。

  • スパイラル型キャリア動機(様々な領域に次々と関心が移る)を持つ起業家は、エフェクチュエーション的思考との親和性が高い
  • 移行型キャリア動機(特定の経験を積むために起業し、次のステップに移る)を持つ起業家も同様の傾向

一方で、特定のビジョンに向けてリソースを集中させる「実行型」キャリア動機の起業家は、コーゼーション的ロジックをより強く選好する傾向が見られた。

これは「エフェクチュエーションが向いている人とそうでない人がいる」という話ではなく、起業家が自分のキャリア段階・動機に応じて意思決定ロジックを柔軟に切り替えているという実態を示している。

連続起業家の「エフェクチュエーション資本」

複数の事業立ち上げを経験した起業家は、一種の「エフェクチュエーション資本」を蓄積している。これは財務資本や人脈資本とは別の、認知的・経験的資産だ。具体的には:

  1. 失敗の許容損失化:過去の失敗経験がデータ化され、「この規模の賭けなら失っても学習で回収できる」という判断精度が上がる
  2. クレイジーキルトのストック:過去の共同創業者・パートナー・顧客コミュニティが次の事業のシード資源になる(クレイジーキルト原則のステークホルダーネットワーク参照)
  3. 偶発性の読み解き:過去の「想定外の出来事が機会に変わった」経験が積み重なると、偶発性を活用する(レモネード原則)速度と精度が向上する

この蓄積がある連続起業家は、新しい事業を始める際に、初回起業家よりも短いサイクルで「手中の鳥の棚卸し」を実行できる。すでに知っているコミュニティ、すでに信頼関係がある協力者、すでに実績のある業界知識——これらが即座に動員可能な状態にある。

日本の連続起業家と「ピボット禁止」文化

日本の文脈でこの議論を適用すると、独特の課題が浮かび上がる。日本では起業1回目での「失敗」は社会的にネガティブなシグナルとして扱われやすく、連続起業家が育ちにくい構造的要因がある。しかし見方を変えれば、大企業内で複数のプロジェクト・事業をリードしてきた「イントレプレナー(社内起業家)」は、実質的にポートフォリオ起業家と類似した認知的訓練を積んでいると言える。

エフェクチュエーション的観点からは、コーポレート・イノベーションとエフェクチュエーションで論じているように、社内の新規事業担当者が「事業を終わらせる権限」と「許容損失の事前設定」を持てるようになることが、エフェクチュエーション資本の蓄積を組織的に設計するうえで鍵になる。

熟達した起業家が見ている「問いの違い」

Sarasvathy(2001)のオリジナル研究が示した最も鮮烈な発見は、熟達した起業家と初心者とでは「問いの立て方」そのものが違うという点だった。熟達した起業家 vs 初心者の意思決定研究で詳しく論じているが、要約すると——初心者は「この目標を達成するには何が必要か?」と問い、熟達者は「今持っているもので何ができるか?」と問う。

Morrish(2009)のポートフォリオ起業家研究は、この発見を時間軸に投影した。問いの立て方は単一の経験では変わらない。複数の起業サイクルを経る中で、「手段から問う」という認知習慣が徐々に内面化されていく。連続・ポートフォリオ起業家は、その意味でエフェクチュエーション理論が想定する「熟達した起業家」に最も近い存在だ。

まとめ

  • 連続・ポートフォリオ起業家は、エフェクチュエーションとコーゼーションを段階に応じて使い分ける。初期フェーズはエフェクチュエーション、成熟フェーズはコーゼーションへと移行する
  • キャリア動機の種類がエフェクチュエーション選好に影響する——スパイラル型・移行型の動機を持つ起業家ほどエフェクチュエーション的思考と親和性が高い
  • 経験の蓄積はエフェクチュエーション資本を形成する——失敗の許容損失化、パートナーネットワーク、偶発性の読み解き精度が向上する
  • 日本の組織文脈では、社内イントレプレナーがポートフォリオ起業家に近い認知訓練を積める可能性がある

起業家精神は才能ではなく、反復的な実践によって精緻化される認知ロジックだ——これがエフェクチュエーション理論の根底にある主張であり、連続起業家研究がその証拠として積み上げられている。


参考文献

  • Morrish, S.C. (2009). Portfolio entrepreneurs: An effectuation approach to multiple venture development. Journal of Research in Marketing and Entrepreneurship, 11(1), 32–48. https://doi.org/10.1108/14715200911014130
  • Sarasvathy, S.D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263. https://doi.org/10.5465/amr.2001.4378020
  • Sarasvathy, S.D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Ucbasaran, D., Westhead, P., & Wright, M. (2008). Opportunity identification and pursuit: Does an entrepreneur’s human capital matter? Small Business Economics, 30(2), 153–173.

参考書籍

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