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エフェクチュエーション研究の地図——Perry・Chandler・Markova(2012)文献レビューの解読

Perry, Chandler & Markova(2012)がEntrepreneurship Theory and Practice 36(4)に発表した文献レビュー「Entrepreneurial Effectuation: A Review and Suggestions for Future Research」を詳解。2011年時点での29本の文献の体系的整理、実証研究6本の方法論的課題、そしてエフェクチュエーション研究の成熟のために必要な設計原則を論じる。

約23分
目次

“Effectuation represents a paradigmatic shift in understanding entrepreneurship. However, since its introduction, few researchers have attempted to empirically test effectuation.”

— Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), p. 837.

「なぜ実証研究が少ないのか」という問い

Sarasvathy(2001)がエフェクチュエーション理論を発表してから10年が経過した2012年時点で、この理論の研究状況には奇妙なアンバランスが存在していた。

理論自体は高い評価を受け、引用数は急増し、世界中の起業家教育プログラムで採用され始めていた。しかし「エフェクチュエーション的行動は実際に事業成果を向上させるか」「どのような個人・状況・環境でエフェクチュエーションが有効か」という実証的問いへの答えは、ほとんど存在しなかった。

John T. Perry、Gaylen N. Chandler、Gergana Markovaが Entrepreneurship Theory and Practice 36巻4号(pp. 837–861)に発表した「Entrepreneurial Effectuation: A Review and Suggestions for Future Research」(以下、Perry et al., 2012)は、この状況を正面から問題化した文献レビューである。

2011年末までに蓄積された29本の文献を体系的に分析し、「なぜ実証研究が少ないのか」「実証研究はどう設計されるべきか」を論じたこの論文は、エフェクチュエーション研究の成熟を促した重要な文献として位置づけられる。本稿では、Perry et al.(2012)の分析枠組み・主要知見・提言を詳解し、後続研究との関係を論じる。


分析の枠組み——Edmondson & McManus(2007)の方法論的適合論

Perry et al.(2012)の分析が依拠する中心的な枠組みは、Amy Edmondson & Scott McManus(2007)が Academy of Management Review 32巻4号(pp. 1155–1179)で提唱した「方法論的適合論(Methodological Fit)」である(Perry et al., 2012, p. 839)。

Edmondson & McManus(2007)が論じたのは、研究の方法論はその研究領域の発展段階と整合性を持たなければならないという主張だ。彼らは研究の発展段階を3段階に分類した。

発展段階適切な研究問い適切な方法論
萌芽的(nascent)オープン・エンドな探索的問い質的手法、帰納的アプローチ
中間的(intermediate)特定の構成概念間の関係の検証混合研究法、少数の定量変数
成熟した(mature)既存の命題の精緻化・精密化定量的仮説検証、大規模サンプル

Perry et al.(2012)は、この枠組みを使って「エフェクチュエーション研究は2012年時点でどの発展段階にあり、何が求められているか」を診断した(p. 840)。

彼らの結論は、エフェクチュエーション研究は「萌芽的段階から中間的段階への移行期」にある、というものだ(p. 840)。大量の概念的論文が存在するが、実証的検証は少なく、測定尺度も未整備であった——これは、研究が萌芽期を脱して中間期に入ろうとしているが、その移行を支える方法論的基盤が不十分な状態を示していた。


29本の文献分析——2011年時点のエフェクチュエーション研究の全体像

Perry et al.(2012)は2011年末までにエフェクチュエーションを主要テーマとして扱った29本の文献を特定した(p. 841)。

その内訳を著者らの分類に従って整理すると、以下の傾向が浮かび上がる(pp. 841–843)。

概念的論文の圧倒的な多数

29本のうち、実証的データを用いた研究はわずか6本であった。残る23本は概念的論文——理論的枠組みの提示、事例による例示、概念間の関係の論理的考察——であった(p. 842)。

この比率は、Perry et al.(2012)がEdmondson & McManus(2007)の枠組みで「萌芽期」の特徴として挙げたものと一致する。萌芽期の研究プログラムは「理論的な提案と質的な実例の積み重ね」が主体となり、仮説の統計的検証は後の段階に譲られる(Edmondson & McManus, 2007, p. 1158)。

実証6本の方法論的課題

実証研究6本を精査したPerry et al.(2012)は、これらの研究に共通するいくつかの方法論的制約を指摘した(pp. 843–847)。

第一の問題:有効な測定尺度の欠如

Perry et al.(2012)が実証研究の少なさの「主たる説明」として挙げた最大の原因が、測定尺度の不在だ(p. 843)。エフェクチュエーション的行動を数値として測定する標準化された尺度が存在しなかったため、定量的検証研究を実施することが構造的に困難だった。

なお、Perry et al.(2012)の論文が2010年に受理された当時は、Chandler, DeTienne, McKelvie & Mumford(2011)の尺度検証論文はまだ公刊直前であり、Perry et al.の最終版(2012年7月刊行)は尺度開発の進展を踏まえつつも、測定問題を引き続き中心的な課題として位置づけた。

第二の問題:サンプルの代表性と質

実証研究6本のサンプルの多くが、特定の地域・業界・起業ステージに限定されていた(p. 844)。エフェクチュエーションが「どのような起業家に」「どのような状況で」有効かを一般化するためには、多様なサンプルからの証拠が必要だ。

第三の問題:変数の操作化の非一致

研究者ごとに「エフェクチュエーション的行動」の操作的定義が異なり、研究間の比較や統合(メタ分析)が困難だった(p. 845)。Sarasvathy(2001)の5原則をそのまま測定指標とした研究、「非予測的意思決定」として操作化した研究、プロトコル分析で質的に評価した研究——これらを横断して比較することはできなかった。


研究設計の類型化——Perry et al.(2012)の整理フレーム

Perry et al.(2012)は、エフェクチュエーション研究の文献を整理するために、以下の3次元の分類を提案した(pp. 847–853)。

1. 研究のレベル(Level of Analysis)

エフェクチュエーション研究が分析対象とする主な単位を3つに分類した(p. 847)。

個人レベル(Individual Level) 起業家個人の認知・経験・スキルを独立変数または調整変数として扱う研究。「熟達起業家はエフェクチュエーション的に行動するが、初心者はコーゼーション的に行動する」というSarasvathy(2001)の中心的主張は、個人レベルの研究命題だ。

チームレベル(Team Level) 起業チームの構成・多様性・ダイナミクスがエフェクチュエーション的行動に与える影響、または逆の影響を分析する研究。チームとしての集合的意思決定がエフェクチュエーション・コーゼーションのどちらの論理に従うかという問いがここに属する。

ベンチャー/組織レベル(Venture/Organizational Level) 新規事業体や組織全体のエフェクチュエーション的行動傾向と事業成果の関係を分析する研究。コーポレート・エフェクチュエーションもこのレベルに属する。

Perry et al.(2012)は、2011年時点の実証研究が個人レベルとベンチャーレベルに偏っており、チームレベルの研究が「顕著な空白地帯」であると指摘した(p. 848)。

2. 時間的視野(Temporal Focus)

エフェクチュエーション研究には、2つの異なる時間的問いが存在する(Perry et al., 2012, p. 849)。

横断的研究(Cross-sectional) 特定の時点でのエフェクチュエーション的行動の量を測定し、他の変数との関係を検証する。測定が容易だが、因果関係の特定が難しい。

縦断的研究(Longitudinal) 起業プロセスの時間的展開——初期段階ではエフェクチュエーション的に行動し、市場が成熟するにつれてコーゼーション的に移行するという動的プロセス——を追跡する。因果関係の検証に優れるが、データ収集のコストが高い。

Perry et al.(2012)は、エフェクチュエーション理論が本質的にプロセス理論であることを踏まえると、縦断研究の不足がこの分野の重大な方法論的弱点だと指摘した(p. 849)。

3. 結果変数の種類(Outcome Variables)

エフェクチュエーション的行動が何の「成果」に結びつくかという問いには、複数の次元がある(pp. 850–852)。

起業プロセスの成果: 市場参入の速度、パートナーシップ獲得の効率、最初の顧客獲得コストなど、起業プロセスそのものの効率性。

事業パフォーマンスの成果: 売上成長、生存率、イノベーション率など、事業の財務的・非財務的パフォーマンス。

学習・適応の成果: 起業家の知識蓄積、ピボットの頻度と質、不確実性の削減速度など、学習プロセスに関わる成果。

Perry et al.(2012)は、事業パフォーマンスへの直接的効果を測定した実証研究が特に少なく、「エフェクチュエーションは実際に成果を向上させるか」という問いが未回答のままだと指摘した(p. 851)。


先行要因の欠如——「なぜエフェクチュエーションを選ぶのか」が未解明

Perry et al.(2012)が指摘したもう一つの重要なギャップが、エフェクチュエーション的行動の先行要因(antecedents)の研究の不足だ(pp. 852–853)。

Sarasvathy(2001)は「熟達起業家はエフェクチュエーション的に行動する傾向がある」と論じたが、その「なぜ」を問う実証研究は乏しかった。Perry et al.(2012)は以下の先行要因について、理論的な仮説は存在するが実証的証拠が少ない領域として挙げた(p. 852)。

起業家経験(Entrepreneurial Experience) Sarasvathy(2001)の原研究の中心命題——熟達起業家ほどエフェクチュエーション的——は、経験年数・起業回数などの指標で実証的に確認されていなかった。「熟達」とは具体的に何年・何回の経験を指すのか。どの種類の経験がエフェクチュエーション的思考を育てるのか。

不確実性の認知(Perceived Uncertainty) 理論的には、環境の不確実性が高いほどエフェクチュエーションが有効だと予測される。しかし起業家が客観的な不確実性と主観的に知覚した不確実性は異なりうる。不確実性の客観的指標と主観的認知のどちらが行動様式の選択を予測するのか、実証的に検証されていなかった。

産業・技術特性(Industry/Technology Context) エフェクチュエーションは「新市場・ハイテク・急成長企業」に特に有効だと主張されてきたが、その境界条件を実証した研究は少なかった。成熟産業と新興産業でエフェクチュエーションの有効性がどう異なるか。

Perry et al.(2012)は、先行要因の研究なしには「誰がエフェクチュエーションを採用すべきか」という実務上の最重要問いに答えられないと指摘した(p. 853)。


Perry et al.(2012)の具体的提言——8つの研究課題

論文の後半でPerry et al.(2012)は、エフェクチュエーション研究の中間的発展段階への移行を促すための具体的研究課題として8項目を提案している(pp. 853–857)。

  1. 有効な測定尺度の開発と検証 Chandler et al.(2011)の尺度開発を継続・精緻化し、多文化・多産業文脈での妥当性を確認する。

  2. 先行要因の実証的特定 熟達(経験・回数・業界)・認知スタイル・不確実性知覚などの先行要因を大規模サンプルで検証する。

  3. 事業成果との直接的な関係の検証 エフェクチュエーション的行動が新規事業の生存・成長・イノベーション率にどう影響するかを縦断データで検証する。

  4. 調整変数の体系的な特定 産業の不確実性・ベンチャーのステージ・チームの多様性など、エフェクチュエーションの効果を調整する変数を同定する。

  5. チームレベルの研究 チームとしての意思決定がどのように個人レベルのエフェクチュエーションと異なるか、またはどのように集合的なエフェクチュエーション的行動が生まれるかを検証する。

  6. 縦断的デザインの導入 起業プロセスの初期段階・中間段階・後期段階でエフェクチュエーション/コーゼーションの比率がどう変化するかを追跡する。

  7. コーゼーションとの動的な相互作用の検証 2つのロジックが単純な二項対立ではなく、状況に応じて動的に組み合わされるというSarasvathyの主張(2001, p. 250)を実証する。

  8. 教育介入の効果測定 エフェクチュエーション教育が受講者の行動傾向・思考スタイル・事業成果にどのような変化をもたらすかを実験的・準実験的に検証する。


後続研究への影響——Perry et al.(2012)が促したもの

Perry et al.(2012)の発表後、エフェクチュエーション研究に生じた変化は明確だ。

測定尺度研究の加速

Perry et al.(2012)の論文が受理された時期とほぼ同時期に完成したChandler et al.(2011)の測定尺度論文は、Perry et al.が「最優先課題」として位置づけた測定問題を実質的に解決した。2012年以降、Chandler et al.の尺度を使った定量実証研究が急増し、Perry et al.が「6本しか存在しない」と嘆いた実証研究の空白は急速に埋まっていった。

先行要因研究の増加

Perry et al.(2012)の提言を受けて、起業家経験とエフェクチュエーション的行動の関係(Dew et al., 2009のプロトコル研究がすでに部分的に答えていたが、定量的確認が不足していた)、不確実性知覚と行動様式の関係、産業文脈の調整効果などを検証する研究が2012年以降に複数公刊された。

メタ分析の実現

Perry et al.(2012)が指摘した「研究間の比較不可能性」は、Chandler et al.(2011)の尺度が普及するにつれて徐々に解消された。エフェクチュエーション研究のメタ分析(9,897社を統合した大規模分析)は、Perry et al.が「将来的に可能になるはず」と位置づけた研究プログラムの到達点として理解できる。


Perry et al.(2012)の理論的貢献の位置づけ

Perry et al.(2012)が果たした役割を一言で言えば、エフェクチュエーション研究に「地図」と「方向指示板」を与えたことだ。

Sarasvathy(2001)が理論の骨格を構築し、Chandler et al.(2011)が測定の基盤を整備したとすれば、Perry et al.(2012)は「この理論がどこまで来て、これから何が必要か」という研究プログラムの自己診断を行った。

具体的に言えば、Perry et al.(2012)は3つの機能を担った。

第一に、現状の体系化。2011年までの文献29本を方法論的観点から整理し、エフェクチュエーション研究の「現在地」を明確にした。これにより、後に参入する研究者は「何がすでに分かっていて、何が分かっていないか」を素早く把握できるようになった。

第二に、方法論的基準の提示。Edmondson & McManus(2007)の枠組みを使った発展段階の診断は、「エフェクチュエーション研究にとって妥当な研究設計とは何か」という規範的基準を提供した。萌芽期には質的・探索的研究が適切だが、中間期への移行においては定量的実証研究の基盤整備が急務だという主張は、後続研究者の設計判断に影響を与えた。

第三に、未回答問題の明示化。先行要因・チームレベル・縦断デザイン・調整変数という4つの未回答領域を具体的に示したことで、研究コミュニティに対してどの方向への貢献が価値を持つかを示した。研究プログラムの「次の一手」を示す機能は、文献レビューが果たせる最も重要な貢献のひとつだ。


読み方のガイド——この論文をどう活用するか

Perry et al.(2012)は学術研究者向けの方法論論文だが、エフェクチュエーション理論を深く理解したい実務家にとっても読む価値がある。

理由は2つある。第一に、「どの問いがまだ未回答か」を知ることは、現在のエフェクチュエーション研究の「賞味期限」を判断するのに役立つ。Perry et al.が2012年に「未解明」とした先行要因・縦断的変化・チームレベルの問いのうち、どれがその後に答えられ、どれが依然として開いているかを追跡することで、最新の研究の意義が立体的に見える。

第二に、Perry et al.(2012)が示した「方法論的適合論」の発想——研究の方法は、研究領域の発展段階と整合性を持つべきだ——は、実務家が新しい知見を評価するための枠組みとしても使える。「エフェクチュエーション研究から何かを読んだとき、その研究はどの発展段階に位置するのか」を問うことで、知見の強度と適用範囲を正確に把握できる。


参照文献

  • Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), 837–861. https://doi.org/10.1111/j.1540-6520.2010.00435.x
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
  • Edmondson, A. C., & McManus, S. E. (2007). Methodological fit in management field research. Academy of Management Review, 32(4), 1155–1179.
  • Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135.

参考書籍

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