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“Exaptation—the co-optation of an existing feature for a new role—is a characteristic element of technological change and an important mechanism by which new markets for products and services are created by entrepreneurs.”
— Dew, N., Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2004). The economic implications of exaptation. Journal of Evolutionary Economics, 14(1), p. 69.
「なぜ、誰も予測していなかった技術が市場を生み出すのか」
インターネットは軍事用通信網ARPANETから生まれた。GPSは核兵器誘導システムとして開発された。Post-itの粘着剤は「失敗した接着剤」の転用だった。電子レンジはレーダー技術者がマグネトロンの傍でチョコレートが溶けることに気づいたことから偶然に発明された。
これらの共通点は何か。最初の技術が特定の目的のために適応(adaptation)されたのではなく、別の文脈からの「転用(co-optation)」によって新市場が生まれたという点である。
経済学と経営学の支配的な市場創造の説明は、この転用プロセスを十分に捉えられていなかった。「市場機会を発見し、最適な手段を選択して参入する」というコーゼーション的な発想は、起業家が既存の技術・資源・知識を異なる目的のために流用することで市場を創造するという現実とずれがある。
この理論的空白を埋めたのが、Nicholas Dew、Saras D. Sarasvathy、S. Venkataraman(2004)が Journal of Evolutionary Economics 14巻1号(pp. 69–84)に発表した論文「The Economic Implications of Exaptation」である。本稿では、この論文の核心的概念と、エフェクチュエーション理論との接続を詳解する。
エクサプテーションとは何か——生物進化学からの借用
「エクサプテーション(exaptation)」という概念は、古生物学者のStephen Jay GouldとElisabeth Vrbаが1982年の論文「Exaptation — a missing term in the science of form」(Paleobiology, 8(1), 4–15)で提唱した進化生物学の用語である。
Gouldらは、進化の産物を説明するために「適応(adaptation)」だけでは不十分だと論じた。適応とは、自然選択によって特定の機能のために進化した形質のことだ。鳥の翼が飛翔のために進化したというのは適応の説明である。しかし、羽毛は当初、飛翔のためではなく体温調節のために発達したと考えられている。飛翔への転用は適応ではなく、エクサプテーション——「別の起源から現在の役割へと流用された形質」——として説明される。
Gouldが「スパンドレル(spandrel)」と呼んだ例も有名だ。建築のアーチを組むときに生じる三角形の余白空間は、建築的機能を持つためにデザインされたものではない。しかし聖マルコ大聖堂のスパンドレルには壮麗な宗教的図像が描かれており、この空間が別の目的に「流用」された。
Dew et al.(2004)はこのGouldらの概念を経済学・起業家研究の文脈に移植した。技術進化と市場創造において、既存の技術・知識・資源が当初の設計目的とは異なる用途に転用されることで、まったく新しい市場が生まれるという主張である。
適応と非適応——技術変化の2つのモード
経済学と経営学における技術変化の主流の説明は、顧客ニーズや生産効率性への「適応」として描かれることが多い。市場が選択圧力(selective pressure)を生み出し、それに応答する形で技術が改善・洗練されていくという進化的枠組みだ。
Dew et al.(2004)は、この適応的(adaptational)な技術変化の説明は部分的にしか正しくないと主張する(p. 70)。歴史的に観察される技術変化の多くは、「非適応的(non-adaptational)」なプロセスによって駆動されている。すなわち、エクサプテーションである。
論文が挙げる具体的な例を確認する。
電話: Alexander Graham Bellが発明した電話は、当初は遠距離での音楽演奏・配信ツールとして構想されていた。現在のような会話ツールとしての用途は、発明後の転用によって生まれた。
GPS: 軍事精度のGPS信号が民間向けに開放されたことで、カーナビゲーション、物流追跡、スマートフォンの位置情報サービスという新市場が生まれた。当初の軍事精度測位システムという設計目的からは想定不可能な転用だった。
インターネット: 分散型軍事通信ネットワークとして開発されたARPANETが、学術研究ネットワークを経て、電子商取引・ソーシャルメディア・クラウドサービスへと転用された過程は、まさにエクサプテーションのプロセスである。
これらの事例に共通するのは、技術を転用する起業家の行為が市場創造の核心にあるという点だ。Dew et al.(2004)は、起業家こそがエクサプテーションのプロセスを担う主体であると論じる(p. 72)。
エクサプテーションとナイト的不確実性の関係
Dew et al.(2004)が論文で強調する重要な論点の一つが、エクサプテーションとナイト的不確実性(Knightian uncertainty)の関係である(pp. 73–75)。
Frank Knightが1921年の著作 Risk, Uncertainty and Profit で定義したナイト的不確実性とは、確率分布さえも不明な「真の不確実性」——リスクとの根本的な差異——のことである。リスクは確率分布が既知であり、保険の原理が成立する。ナイト的不確実性は確率自体が未知であり、事前計算が原理的に不可能だ。
エクサプテーションによる市場創造が、なぜナイト的不確実性と密接に関係するのか。転用は、その技術が創り出す市場を事前に予測することを不可能にするからだ。
ARPANETを設計したエンジニアは、それが電子商取引の基盤になることを計算していなかった。GPSを開発した軍事技術者は、スマートフォンアプリの位置情報サービスを想定していなかった。技術の転用可能性(exaptability)は、その技術が完成した時点では本質的に不明だ。
Dew et al.(2004)はこの観察から重要な結論を導く。「技術の転用可能性は、市場創造においてナイト的不確実性の核心的な源泉である」(p. 74)。起業家が直面する不確実性の大部分は、将来の出来事の確率分布が不明というだけでなく、技術・知識・資源がどのような形で転用されうるかというポテンシャル自体が不明という、より根本的な不確実性から来ている。
エクサプテーションとエフェクチュエーション理論の接続
Dew et al.(2004)の論文は、それ自体がエフェクチュエーション理論を直接扱っているわけではない。しかし、Sarasvathyが2001年以来構築してきた理論的枠組みとエクサプテーション概念との深い接続は、論文執筆者のSarasvathy自身が後の著作で明確に記述している(Sarasvathy, 2008, pp. 51–66)。
レモネード原則との接続
エフェクチュエーションのレモネード原則——「予期せぬ出来事を回避すべきリスクではなく、新しい機会の源泉として積極活用する」——は、エクサプテーションの論理と構造的に一致する。
レモネード原則における「予期せぬ出来事」とは何か。それはしばしば、「既存の技術・知識・資源が当初の意図とは異なる文脈で機能しうることの発見」である。Post-itの粘着剤の開発者Spencer Silverが「失敗した接着剤」を捨てずに保持し続けたことは、その「失敗」が別の文脈では異なる機能を持つかもしれないという直観——エクサプテーションの予兆——があったからだ。
コーゼーション的な起業家は「失敗した接着剤」をそのまま廃棄する。期待されたリターン(強力な接着力)を達成できなかった手段は、目標から逆算した計画の枠外にあるからだ。エフェクチュエーション的な起業家は、この「失敗」を別の目的への転用可能性として再解釈する。これがレモネード原則とエクサプテーションの接合点だ。
手中の鳥原則との接続
手中の鳥原則——「目標から逆算するのではなく、手持ちの手段から可能性を発散させる」——もまた、エクサプテーションの論理を体現している。
「自分が持っているもの(Who I am / What I know / Whom I know)」から出発するという発想は、手持ちの技術・知識・ネットワークが「現在意図されている用途」のみならず「まだ発見されていない転用先」を持つという前提を暗黙的に含んでいる。起業家が手中の手段を棚卸しするとき、その行為自体が「この手段はどのような別の文脈で機能しうるか」という転用可能性の探索である。
Dew et al.(2004)が述べるように、エクサプテーションのプロセスは多くの場合、技術を持っている者が当初の意図とは異なる文脈に気づいたときに始まる(p. 76)。手中の鳥として持っている技術の転用先を発見することが、起業家の重要な認知的スキルである。
Sarasvathy & Dew(2005)——市場創造の動態モデル
Dew et al.(2004)の後続研究として、Sarasvathy & Dew(2005)は Journal of Evolutionary Economics 15巻5号(pp. 533–565)に「New market creation through transformation」を発表し、エフェクチュエーション的市場創造の動態的プロセスをモデル化した。
この論文は、新市場創造が「理論的に可能な全市場の空間の中からの探索・選択プロセス」なのか、それとも「既存の現実を変換する(transform)ことで新しい可能性を生み出すプロセス」なのかという問いを立てる(Sarasvathy & Dew, 2005, p. 533)。
Sarasvathy & Dew(2005)の答えは後者だ。新市場は変換(transformation)によって創造される。
論文が示す動態モデルは以下の3要素から成る(p. 535)。
1. エフェクチュアル・コミットメント(Effectual Commitment)による出発点 新市場の創造は、起業家が既存のステークホルダー・ネットワーク外の誰かから最初の自発的コミットメントを引き出すことから始まる。このコミットメントは、予測に基づくものではなく、起業家の手持ちの手段と可能性に対する他者の「賭け」だ。
2. 拡張するサイクルと収束するサイクルの並行 最初のコミットメントを起点として、2つの並行サイクルが作動する。リソースが拡張するサイクル(新たなパートナーが参入するたびに使える資源が増える)と、制約が収束するサイクル(コミットメントが確定するたびに市場の形が絞り込まれる)が同時進行する。
3. 新市場としての安定化 2つのサイクルの相互作用が一定の臨界質量に達したとき、新しい市場が「実在する市場」として安定化する。この安定化のプロセスは、事前の計画の実行ではなく、多数のエクサプテーション的転用の積み重なりによって実現する。
このモデルにおいて、エクサプテーションは「変換プロセス」の核心的なメカニズムとして位置づけられる。リソースが新しい文脈に転用されるたびに、市場の輪郭が変形・再定義される。市場の創造は、事前の設計図の実行ではなく、連続的な転用の帰結として起きるのだ。
実践的な意味——起業家はエクサプテーションを「活用」できるか
「エクサプテーションは偶然の産物なのか」というのは自然な問いだ。Dew et al.(2004)はこの問いに直接答えている(pp. 77–79)。
エクサプテーションは純粋な偶然ではない。起業家が以下の認知的スタンスを持つかどうかで、エクサプテーションが発生する確率は大きく変わる。
転用可能性への感度(Sensitivity to Exaptability) 手中にある技術・知識・資源が「現在の意図された用途以外の文脈でどのように機能しうるか」を常に問い続ける習慣。Spencerが「失敗した接着剤」を保持し続けたのは、この感度の現れである。
弱い目標設定(Weak Goal Lock-in) 目標に強くコミットしすぎると、既存の手段を「目標達成に失敗した道具」としか見られなくなる。目標への執着が低いほど、手段を別の文脈に転用する視野が開ける。エフェクチュエーションの許容可能な損失の原則——期待リターンではなく許容可能な損失を意思決定の基準とする——は、目標への過度なコミットメントを防ぐ機能を持つ。
ネットワーク上の偶然との接触 エクサプテーションは、異質な知識・技術・ニーズを持つ人々が接触する場で起きやすい。クレイジーキルト原則——多様なパートナーとの自発的コミットメントの網を織る——が生み出す多様なネットワークは、転用の機会を「偶然」ではなく構造的に増やす。
「失敗」を廃棄しない文化 コーゼーション的な組織は、目標を達成しなかった試みを「失敗」として廃棄する。エフェクチュエーション的な組織は、「別の文脈への転用先が見つかっていない実験」として保持する。Dew et al.(2004)はこの組織文化の差異が、エクサプテーションの発生頻度に大きく影響すると論じている(p. 79)。
理論的貢献の位置づけ
Dew et al.(2004)がエフェクチュエーション研究に加えた理論的貢献は、「新市場創造の説明のミッシング・ピース」を提供したことにある。
Sarasvathy(2001)はどのように(how)起業家が不確実性の下で意思決定するかを記述した。エクサプテーション論文は、なぜ(why)その意思決定様式が新市場創造のメカニズムとして機能するかを、進化経済学の視点から説明する。
コーゼーション的なアプローチは、市場機会を「事前に存在するもの」として捉える。Shane & Venkataraman(2000)が Academy of Management Review 25巻1号(pp. 217–226)で論じた「起業家的機会の発見(discovery of entrepreneurial opportunity)」の枠組みがその典型だ。
これに対してDew et al.(2004)、そして後続のSarasvathy & Dew(2005)は、市場機会は事前に存在するのではなく、エクサプテーションを含む変換プロセスを通じて「創造」されるという立場を取る(Dew et al., 2004, p. 80)。この「発見」対「創造」の論争は、エフェクチュエーション理論における機会創造論の核心的な論点でもある。
エクサプテーション概念の後続研究への影響
Dew et al.(2004)のエクサプテーション概念は、後続の起業家研究にいくつかの重要な発展をもたらした。
RFIDの事例研究(Sarasvathy & Dew, 2005) 無線周波数識別技術(RFID)の市場創造プロセスを追跡したSarasvathy & Dew(2005)のリアルタイム・ヒストリー研究は、エクサプテーション→市場創造の動態モデルを実証的に検証する試みとして位置づけられる(p. 543)。
エフェクチュアル変換研究(Dew et al., 2011) Dew, Read, Sarasvathy & Wiltbank(2011)が Journal of Evolutionary Economics に発表した「On the entrepreneurial genesis of new markets: effectual transformations versus causal search and selection」(21(2), 231–253)は、Sarasvathy & Dew(2005)のモデルをさらに精緻化し、エフェクチュアル変換とコーゼーション的探索・選択の対比を実証的に検証した。
教科書への統合 Read, Sarasvathy, Dew & Wiltbank(2016)の Effectual Entrepreneurship(第2版, Routledge)では、エクサプテーション概念が「レモネード原則の理論的基盤」として明示的に記述されている(p. 68)。転用可能性の意識的な探索が、レモネード原則の実践的核心だという整理は、Dew et al.(2004)を直接的に踏まえたものだ。
この論文を読む意義——実務家への示唆
エクサプテーション概念が実務家にとって価値を持つのは、「予測できない市場の生まれ方」を認識論として整理してくれるからだ。
「次の大きな市場はどこか」という問いに対して、コーゼーション的なアプローチは市場調査・トレンド分析・競合研究によって答えようとする。これが有効な場合もある。しかし、歴史的に重要な市場の多くは、誰も予測していなかった転用によって生まれた。
エクサプテーション論文の実務的含意は、「予測不可能な転用を待つのではなく、転用が起きやすい条件を意図的に整えることができる」という点だ。Dew et al.(2004)が示した「転用可能性への感度・弱い目標設定・多様なネットワーク・失敗の保持」という4条件は、起業家と新規事業担当者が実践的に取り組める具体的な設計原則でもある。
エフェクチュエーションの5原則を実践するとき、その背後には「手持ちの手段が持つ転用可能性を最大化し、転用が起きる場を構造的に増やす」というエクサプテーション論的な論理が働いている。この認識を持つことで、5原則の実践は「なんとなく試してみる」ではなく、「転用の機会を増やすための体系的な行動」として意味を持つ。
参照文献
- Dew, N., Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2004). The economic implications of exaptation. Journal of Evolutionary Economics, 14(1), 69–84. https://doi.org/10.1007/s00191-003-0180-x
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565. https://doi.org/10.1007/s00191-005-0264-x
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2011). On the entrepreneurial genesis of new markets: effectual transformations versus causal search and selection. Journal of Evolutionary Economics, 21(2), 231–253. https://doi.org/10.1007/s00191-010-0185-1
- Gould, S. J., & Vrba, E. S. (1982). Exaptation — a missing term in the science of form. Paleobiology, 8(1), 4–15.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Hart, Schaffner and Marx.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.