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公共部門でのエフェクチュエーション(深掘版)——制度的トラップを越える設計論

公共部門にエフェクチュエーションを移植するときに必ず発生する5つの制度的トラップ(予算硬直性・説明責任の二重拘束・選挙サイクル・所管縦割り・調達ルール)を、Sarasvathy(2008)とMansoori & Lackéus(2020)の理論的整理から分解し、Mission-Oriented Innovation Policy、Challenge.gov、シビックテック分野の実装パターンと突き合わせて、制度設計者が手元の手段から動かすための構造的処方箋を提示する。

約22分
目次

“Effectuation does not begin with a specific goal. Instead, it begins with a given set of means and allows goals to emerge contingently over time from the varied imagination and diverse aspirations of the founders and the people they interact with.”

— Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing, p. 73.

公共部門にエフェクチュエーションを「移植」する難しさ

エフェクチュエーション理論を公共部門に応用する議論は、過去5年で一気に増えた。NESTA、MindLab、18F、Policy Lab、デジタル庁、自治体DXの実践が論文・実務報告の俎上に乗り、Sarasvathy(2008)の5原則を政策文脈に翻案する記述も定着しつつある。本サイトでも公共部門での政策イノベーション会津若松・金融庁サンドボックスの事例分析、そして制約条件下での創発的政策設計の3本で、その理論的接続と海外実践を扱ってきた。

しかし、現場の制度設計者と話していると、より厄介な問いが残っていることに気づく。

「理論はわかった。だが、自分の組織でやろうとすると必ず特定の場所で詰まる。その詰まりはなぜ起きるのか。」

この問いに、5原則の解説だけでは答えられない。エフェクチュエーションは起業家の認知パターンの記述から始まった理論であり、その制度的拘束条件——予算が単年度で割り当てられる、議会答弁が必要、人事ローテーションが短い、調達は最低価格落札が原則——は理論側の射程外にある。Mansoori & Lackéus(2020)が Small Business Economics 54(3)で行った比較研究は、エフェクチュエーションを含む6つの起業家手法を9次元で比較し、それぞれが「どの状況で機能し、どこで機能しないか」を明示する必要があると指摘した(pp. 791–818)。公共部門への移植においても、まず「どこで詰まるか」を理論的に分解する作業が要る。

本記事は、その「詰まり」を 5つの制度的トラップ として整理し、それぞれを越える設計論を提示する。深掘版という位置付けは、5原則の解説でも事例紹介でもなく、制度と理論の摩擦面の構造的分析 にある。


制度的トラップ1:予算の単年度主義と許容可能な損失の歪み

公共部門で最初に発生する詰まりは、予算の単年度主義だ。日本の財政法は会計年度独立の原則を採用しており、年度を跨ぐ予算執行は繰越明許費・国庫債務負担行為などの限定的例外を除いて認められない(財政法第14条)。地方自治体も地方自治法第208条で同様の制度を取る。

この制度は、Sarasvathy(2008)の許容可能な損失原則——「最悪のシナリオで失う額を事前に確定し、その範囲内で行動する」(pp. 35–50)——と相性が悪い、ように見える。実は逆だ。単年度主義は、許容可能な損失の論理を制度的に強制している。 各年度に投入できる額が上限として確定するから、起業家が個人資源で行うのと同じ「affordable loss の確定→その範囲内で動く」が自動的に成立する。

問題は、許容可能な損失の 時間的解像度 にある。エフェクチュエーション的な事業創発は、複数年にまたがる失敗の連続と、その都度の方向修正によって駆動する。単年度の許容損失を毎年リセットしてしまうと、3年目に効きはじめる学習 を投入できる構造が消える。NESTA(英国国家科学技術芸術基金)は、これを 「failure budget」と「learning budget」を分離する という設計で乗り越えた。失敗を許容する予算枠を年度横断のリザーブとして確保し、年度予算の executor 評価とは独立した監査ラインを引く。日本でも内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)が複数年度予算の枠組みを使うが、評価指標自体は年度単位で測定する設計のため、effectual な転換を許容しにくいという指摘がある(政府内有識者会合資料、2024年度)。

処方箋:

  • 単年度予算 = affordable loss の 下位枠、複数年度の learning budget = 上位枠、と二層化する
  • 年度評価指標を「目標達成度」から「学習量・クレイジーキルト構築実績」に切り替える
  • 監査ラインを「予算執行」と「学習進捗」で分離する

制度的トラップ2:説明責任の二重拘束

説明責任(accountability)は、公共部門エフェクチュエーションの最大の論争点だ。一方で、議会・市民・会計検査院に対する事前説明はコーゼーション型の意思決定形式——目標・手段・期待効果を事前に確定する——を強制する。他方で、社会課題の解像度は実践を通じてしか上がらないから、事前確定は虚構の精度に陥る。

Mansoori & Lackéus(2020)は、起業家手法の比較において 「目標形成のタイミング(timing of goal formation)」 を9次元の1つに置き、エフェクチュエーションを「最も後ろにずらす設計」と位置付けた(pp. 800–802)。これに対して公共部門の制度は「最も前に固定する設計」を要求する。両者は構造的に矛盾する。

ただし、この矛盾は 「事前」と「事後」を分離 することで処理できる。

  • 事前: 制約条件・許容損失・手中の鳥としての投入リソースを定義する(目標ではなく 「動かしうる範囲」 を説明する)
  • 事後: 何が形成されたかを目標として 再記述 する(Sarasvathy 2008, pp. 24–25 が言う goal ambiguity の運用)

英国Cabinet Office傘下の Policy Lab は、この分離を「Discovery → Defining → Developing → Delivery」の4フェーズ構造で実装している。Discovery と Defining では goal を確定せず、市民との対話・現場観察から課題を 再記述 する。説明責任の証跡は「対話の量・多様性」で取り、「事前目標の達成度」では取らない。日本のデジタル庁の 行政手続き調査 も類似の構造を持つが、最終フェーズで従来型の KPI に強引に着地させる運用が残り、effectual な学びが希釈されるケースが報告されている。

処方箋:

  • 説明責任を「事前確定型」と「事後再記述型」に二分する制度文書化
  • フェーズ移行時に goal を更新するプロトコル(Policy Lab 4-phase 等)を明文化
  • 議会・監査側のリテラシー醸成——「目標が変わったこと」を瑕疵ではなく学習成果として読む慣行

制度的トラップ3:選挙サイクルと飛行機のパイロットの時間衝突

選挙サイクルは公共部門固有の時間制約だ。首長や首相の任期は4年前後、政権交代があれば優先順位がリセットされる。エフェクチュエーションの飛行機のパイロット原則——「未来は予測ではなく行動で形成する」(Sarasvathy 2008, pp. 89–100)——は、長期的な行動の累積を前提にする。1期4年では複利的な効果が出にくい。

ここで起きる現象は、「短期成果のためのコーゼーション回帰」 だ。任期内に実績として示せる KPI に予算が流れ、長期投資的な effectual プロセスは弱体化する。Mansoori & Lackéus(2020)が指摘した「エフェクチュエーションの長期適合性」(pp. 805–807)——時間が経つほど効果が出る性質——と、選挙サイクルの短期評価圧力は構造的に衝突する。

この衝突への処方は、effectual プロセスを 「制度のレイヤー」に埋め込む という方向で考える。

  • 政治レイヤー: 任期付きで短期成果を測る(コーゼーション)
  • 行政専門職レイヤー: 任期非依存で長期 effectual プロセスを保持する(エフェクチュエーション)
  • 二層を接続するインターフェース: 「ステークホルダー・コミットメントの累積」を任期横断で測定する指標を共有

英国のシビルサービスや米国の General Schedule 公務員制度は、政権交代に左右されない専門職の連続性を保持する仕組みだ。日本でも官房副長官補や事務次官級のラインに同種の機能はあるが、政策イノベーション領域では人事ローテーション(2年程度)が短すぎて effectual な累積が起きにくい。デジタル庁が任期付き民間専門人材を多用する設計は、この問題への一つの応答と読める。


制度的トラップ4:所管縦割りとクレイジーキルトの構造的不可能性

クレイジーキルト原則は、自発的にコミットしてくれるパートナーとの連鎖でリソース・市場を共創する設計を指す(Sarasvathy 2008, pp. 67–82)。公共部門で最大の障害となるのは、この 「自発的コミットメントを許容する制度面の余地」 が極めて狭いことだ。

省庁・部署の所管は法令で固定される。経済産業省と総務省、厚生労働省と国土交通省、文部科学省と農林水産省の境界を越えるリソース動員は、内閣官房の調整機能を通すか、政府全体の方針(閣議決定など)が必要だ。「自発的に手を挙げた他省庁とすぐに組む」というクレイジーキルト的な動きは、行政手続的にほぼ不可能だ。

これに対する処方は、「制度内クレイジーキルト」「制度外クレイジーキルト」 の併用にある。

  • 制度内: タスクフォース・推進会議・連絡協議会など、所管を跨ぐ正式合議体を立ち上げる。ただし合議体の構造はコーゼーション(議題・所掌・期限)を要求するから、effectual な要素は限定的になる。
  • 制度外: NPO、財団、大学、民間企業、シビックテックコミュニティを 公共政策のパートナー として組み込む。米国の Challenge.gov(連邦政府の課題提示プラットフォーム)、英国の NESTA は、政府外のステークホルダーが自発コミットする回路として機能してきた。日本では一般社団法人Code for Japan や、デジタル庁が外部人材を任期付きで採用する慣行が、制度外クレイジーキルトの一例として位置付けられる。

Read et al.(2011)が Effectual Entrepreneurship で示した ASK(Effectual Ask) の概念——「相手の能力・興味・関係性から、何を渡せるかを問う行為」——は、公共部門が外部主体と組むときの実務原則として翻訳可能だ(初版 Routledge, pp. 88–110)。「行政が指示する」ではなく「行政が 何を持っているか を開示し、相手から提案を引き出す」という発想転換が、制度外クレイジーキルトの中核になる。


制度的トラップ5:調達ルールとレモネード原則の摩擦

レモネード原則は、予期せぬ出来事を機会として活用する設計を指す(Sarasvathy 2008, pp. 51–66)。公共部門の調達ルール——会計法・地方自治法・WTO政府調達協定——は、この原則と直接ぶつかる。最低価格落札・仕様書事前確定・契約変更の制限という制度設計は、「予期せぬ出来事が起きたら設計を組み替える」という effectual な動きを阻む。

特に深刻なのは 「仕様書ロックイン」 だ。発注時点で仕様を確定する制度は、契約期間中に発見された改善機会を取り込めない。アジャイル開発や継続的サービス改善との相性が悪く、デジタル庁の「準委任契約・アジャイル契約」の制度設計はこの問題への直接の応答として読める(デジタル庁「政府情報システムのためのアジャイル開発実践ガイドブック」2024年版)。

調達ルールの設計を effectual 寄りに動かすパターンは複数ある。

  • チャレンジ調達 / 課題提示型調達: 解決策ではなく課題を発注し、解決策の提案自体を競争させる(米国 Challenge.gov、英国 SBRI)
  • 段階契約: フェーズごとに継続/打切を判断する設計で、affordable loss の連続適用を実装する
  • 準委任・成果連動報酬: 仕様確定型から、プロセス・成果ベースの報酬体系へ移行する
  • 規制サンドボックス: 既存法制度の例外として、限定範囲・限定期間で実証を許可する(日本では金融庁・経産省で運用、Sarasvathy 2008 の affordable loss と pilot-in-the-plane の組み合わせとして読める)

5つのトラップを越える設計論の統合

5つのトラップは個別の問題ではなく、「公共部門の制度設計はコーゼーション型を前提に最適化されてきた」 という共通の構造的要因から生じる。エフェクチュエーション理論の移植は、5原則を翻訳するだけでなく、制度の設計層に effectual な余地を組み込む 作業を要求する。

トラップ制度的要因対応する5原則設計論的処方
1. 単年度主義会計年度独立許容可能な損失failure budget / learning budget の二層化
2. 説明責任二重拘束議会・監査要請目標の事後形成事前/事後分離、フェーズ別 goal 更新プロトコル
3. 選挙サイクル衝突任期制パイロット原則政治/専門職レイヤー分離、累積指標共有
4. 所管縦割り法令所掌クレイジーキルト制度外パートナーシップと Effectual Ask
5. 調達ルール会計法・WTO協定レモネード原則チャレンジ調達・段階契約・サンドボックス

日本の制度設計者への含意:3つの優先課題

理論的整理を、日本の制度設計者が次の1年で動かせる優先課題に翻訳しておく。

課題1:単年度予算の learning budget 化

各省庁・自治体が試行できるのは、既存予算の 5–10%程度を「学習枠」として切り出し、年度を跨ぐ実証実験に明示的に振り分ける 設計だ。これは予算総額を変えずに済むため、財政当局との交渉余地が大きい。SIP の延長線で「学習枠」を制度的に組み込むモデルが現実的だろう。

課題2:チャレンジ調達の標準化

米国 Challenge.gov は連邦政府全体で運用される共通プラットフォームだ。日本では各省庁が個別に課題提示型公募を試みているが、共通インフラ・標準契約書式が未整備で、案件ごとに制度設計コストがかかる。デジタル庁を起点に標準ガイドライン化することが、効率を一段上げる。

課題3:政治/専門職レイヤー分離の指標設計

選挙サイクルと長期 effectual プロセスの衝突を緩和するには、「累積ステークホルダー数」「未解決課題の解像度向上」「制度内外パートナーの多様性」など、任期非依存の累積指標 を行政専門職のパフォーマンス指標に組み込む必要がある。デジタル庁・内閣官房デジタル田園都市国家構想推進事務局あたりが先導するのが現実的だ。


おわりに:理論の射程と制度の射程

エフェクチュエーション理論は、起業家の認知パターンの記述から出発し、いまや組織・公共部門・社会変革の領域に拡張しつつある。この拡張は、理論の説明力を高める一方で、制度の設計層との摩擦 を生む。本記事で整理した5つの制度的トラップは、その摩擦面のマップだ。

理論を「導入する」のではなく、「制度を effectual に編み直す」 という発想転換が、公共部門にエフェクチュエーションを根付かせる鍵になる。これは Sarasvathy(2008)が原典の終章で示唆した「social effectuation」の射程と重なる方向性だ(pp. 195–215)。日本の制度設計者にとって、いまが最も動かしどきだろう。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., & Wiltbank, R. (2011). Effectual Entrepreneurship. London: Routledge.(初版)
  • Mansoori, Y., & Lackéus, M. (2020). Comparing effectuation to discovery-driven planning, prescriptive entrepreneurship, business planning, lean startup, and design thinking. Small Business Economics, 54(3), 791–818. https://doi.org/10.1007/s11187-019-00153-w
  • Dew, N., Velamuri, S. R., & Venkataraman, S. (2004). Dispersed knowledge and an entrepreneurial theory of the firm. Journal of Business Venturing, 19(5), 659–679.
  • 吉田満梨・中村龍太(2023)『エフェクチュエーション——優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.
  • サラス・サラスバシー(高瀬進・吉田満梨訳)(2015)『エフェクチュエーション——市場創造の実効理論』碩学舎.
  • デジタル庁(2024)「政府情報システムのためのアジャイル開発実践ガイドブック」.
  • 内閣府(2024)「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期 運営要綱」.

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