目次
「エフェクチュエーションは本当に機能するのか」という問いへの最初の統計的回答
Sarasvathy(2001)が Academy of Management Review にエフェクチュエーション理論を発表してから8年が経過した2009年、学術界はこの理論に対して依然として根本的な問いを抱えていた。エフェクチュエーション的な行動は、実際にベンチャーの成果を向上させるのか。
理論の説得力は疑いようがなかった。熟達した起業家27名のシンク・アラウド実験から帰納された諸原則は、直感的に「正しい」と感じさせる内的一貫性を持っていた(Sarasvathy, 2001, p. 244)。だが科学的な評価は直感とは別の次元で行われる。理論が学術的に信頼されるためには、統計的証拠の蓄積が不可欠だった。
Stuart Read、Michael Song、Willem Smit の3名が Journal of Business Venturing(以下、JBV)24巻6号(pp. 573–587)に発表した「A meta-analytic review of effectuation and venture performance」(以下、Read et al., 2009)は、この問いに統計的に答えようとした最初の試みだった。JBVの掲載研究を系統的に精査し、48の研究から9,897社分のデータを統合することで、エフェクチュエーション的行動とベンチャー成果の関係を定量化した。エフェクチュエーション研究における実証的転換点として位置づけられる論文だ。
なぜメタ分析が求められたのか——2009年時点の実証的空白
質的研究の蓄積と定量研究の不在
2009年時点のエフェクチュエーション研究は、理論的・概念的論文と少数の質的研究によって構成されていた。Sarasvathy(2001)の原研究自体がプロトコル分析に基づく質的研究であり、理論の誕生は帰納的推論に依拠していた。その後の研究プログラムも、事例研究、インタビュー、概念的論考が主流であった。
定量的実証研究の不在は、エフェクチュエーション理論の発展にとって深刻な制約だった。「熟達した起業家はエフェクチュエーション的に行動する」という命題は、27名のプロトコルから帰納されたものである。しかし「エフェクチュエーション的に行動することが、より良い事業成果をもたらす」という主張は、帰納では検証できない。独立変数(エフェクチュエーション的行動)と従属変数(ベンチャー成果)の間の統計的関係を検証する研究が必要だった。
個別研究の散在とメタ分析の必要性
2000年代後半になると、エフェクチュエーションに関連する定量的研究が散発的に登場し始めた。しかしこれらの研究は、サンプルの特性、従属変数の定義、測定手法において著しく不統一だった。個別研究の結果は一致しておらず、エフェクチュエーション的なアプローチが成果に正の影響を与えるという結果を報告する研究がある一方で、有意な関連を見出せない研究も存在した。この矛盾した結果の蓄積を前に、「全体的な傾向はどうなのか」という問いに答えるためには、個別研究の結果を統計的に統合するメタ分析が必要だった。
メタ分析の設計——方法論上の工夫
データ収集:JBVの全号を精査
Read et al.(2009)は、JBVに掲載されたすべての研究を対象として系統的に精査した。期間は1996年から2007年のラーニングサンプルと1985年から1995年のホールドアウトサンプルに二分し、2名の評定者が独立して各研究を選定のうえ評定者間信頼性(inter-rater reliability)で一致度を確認している。最終的に48の研究(ラーニングサンプル35件・ホールドアウトサンプル13件)が採用され、94の変数が抽出された(Read et al., 2009, p. 578)。
エフェクチュエーションの操作化
Read et al.(2009)が直面した最大の方法論的課題は、エフェクチュエーション的行動の操作化だった。Sarasvathy and Dew(2005)の5原則(Table 1)を基準として、既存の実証研究に含まれる変数をエフェクチュエーション原則のいずれかに対応する変数として同定する手法を採用した。
この作業から、論文が分析できた次元は以下の4つだった(pp. 574–582)。Designの原則については、対応する既存の測定変数を同定できなかったため分析から除外されている。
Means(手段)
エフェクチュエーション理論における「手中の鳥(bird-in-hand)」の原則に対応する次元。Sarasvathy(2001)が「What I know(知識)・Who I am(アイデンティティ)・Whom I know(ネットワーク)」の3サブ構成概念として定義した枠組みに従い、Read et al.(2009)は各サブ構成概念を独立に分析した(p. 577)。
Partnership(パートナーシップ)
クレイジーキルトの原則——自発的コミットメントに基づくステークホルダーとの協働——に対応する次元。主要な顧客・供給業者・外部パートナーとのコミットメント取得や協働関係の構築が、ここで測定される(pp. 574, 577–578)。
Affordable Loss(許容可能な損失)
下方リスクを事前に定義し、失敗しても許容できる範囲の投資のみを行うという原則に対応する次元(pp. 574, 578)。
Leverage Contingency(偶発性の活用)
予期せぬ出来事をネガティブなものとして回避するのではなく、新たな機会へと転換する姿勢に対応する次元(pp. 574, 578)。
分析結果——各原則の効果量
Read et al.(2009)のメタ分析結果はTable 2(p. 579)に示されており、各エフェクチュエーション原則とベンチャー成果の間の相関係数(効果量)が報告されている。
Meansの3サブ構成概念
最も強い効果を示したのはMeans-Who I am(relevant)で、効果量0.230(p < 0.001、n = 1,892)と高度に有意な正の相関が得られた。創業チームの経験・資本・能力・知的財産といった個人固有の資源が成果を左右する——この知見は3サブ構成概念の中でも群を抜いて明確だ。
Means-What I know(relevant)は効果量0.115(p = 0.003、n = 5,145)。創業する事業のドメインに関連する知識・経験が成果に正の影響を持つことを示した。Means-Whom I knowは効果量0.112(p = 0.001、n = 2,329)で、創業チームのアドバイザー・ビジネスネットワーク・大学リンクといった人脈資源の貢献を確認している。
「irrelevant」なMeans変数(エフェクチュエーションに関連しない経験・属性など)でも有意な正の相関が観察されたが、「relevant」変数の効果量は一貫して上回った(pp. 582–583)。
Partnership
Partnershipは効果量0.169(p = 0.046、n = 3,196)で有意な正の相関を示した(p. 579)。ステークホルダーとの自発的コミットメントに基づくパートナーシップ構築がベンチャー成果に正の影響を持つことが示された。
Affordable Loss
Affordable Lossは効果量 -0.019(p = 0.847、非有意、n = 783)であり、単独ではベンチャー成果との有意な関連を示さなかった(p. 579)。
Leverage Contingency
Leverage Contingencyは効果量0.074(p = 0.049、n = 712)で有意な正の相関を示した(p. 579)。ただし、測定に使用できた研究数は5件にとどまり、この次元の分析は統計的検出力の点で最も限定的だった。
方法論的貢献と限界
エフェクチュエーション研究のベンチマーク
Read et al.(2009)の最大の方法論的意義は、断片的な実証知見を体系的に整理して後続研究のベンチマークを提供したことにある。
効果量の統計的統合によって、個別研究では見えなかった全体的傾向が初めて顕在化した。研究者コミュニティは「エフェクチュエーション研究がどこまで来て、何が残っているか」を俯瞰できるようになった。Perry et al.(2012)による文献レビューが指摘した「実証研究の測定問題と研究間の比較不可能性」という課題が、Read et al.(2009)の結果を通じて研究プログラム全体の共通認識となっていった(Perry et al., 2012, p. 838)。
3つの主要な限界
Read et al.(2009)は、自らのメタ分析が持つ主要な限界を率直に認めた(pp. 583–585)。
第1の限界:含まれた研究の数の少なさ
2009年時点では、エフェクチュエーション的行動を定量的に測定した実証研究の数そのものが限られていた。特にLeverage Contingencyの分析は5件の研究のみに基づいており、統計的検出力が低い。3次元の調整変数分析は探索的(exploratory)な性格にとどまり、確認的(confirmatory)な結論を引き出すには至らなかった(p. 584)。
第2の限界:測定の不統一
各次元の「エフェクチュエーション的行動」を測定する方法が研究間で一致していなかった。一部の研究はSarasvathy(2001)の5原則を直接的に操作化しようとしていたが、他の研究はエフェクチュエーション関連の行動を変数として用いていた。この測定の不統一は、研究間の比較可能性を制限した(p. 584)。
この限界は、同年(2009年)にDew, Read, Sarasvathy & Wiltbank がJBVに発表した実験研究(Dew et al., 2009)でも指摘された測定問題と連動しており、2011年のChandler et al.(2011)の尺度開発という具体的な解決策へとつながっていく(Chandler et al., 2011, p. 375)。
第3の限界:横断的データへの依存
分析に含まれた研究の多くは特定時点でのデータを用いており、起業プロセスの時間的展開を追う縦断的研究はほとんど含まれていなかった。エフェクチュエーション理論が本質的に「起業のプロセス理論」である以上、特定時点での横断的測定は理論の核心——状況に応じたエフェクチュエーション/コーゼーションの動的切替——を捉えきれない(Read et al., 2009, p. 585)。
Read et al.(2009)が開いた研究の扉
測定標準化の急務の実証
Read et al.(2009)のメタ分析が示した限界、とりわけ測定の不統一という問題は、研究コミュニティに測定尺度の標準化という課題を明確に突きつけた。
この認識が直接的な刺激となったかどうかは断定できないが、Read et al.(2009)の発表後に加速した標準化の動きは注目に値する。2011年にはChandler, DeTienne, McKelvie & Mumford(2011)が JBV に測定尺度の検証論文を発表し、コーゼーションとエフェクチュエーションの両構成概念を定量的に測定するための因子分析的尺度を確立した(Chandler et al., 2011, p. 376)。この尺度は、後続の研究を可能にする方法論的基盤となった。
Affordable Lossの非有意という重要な発見
Read et al.(2009)が示したAffordable Lossの非有意という結果は、エフェクチュエーション理論の理解に重要な問いを投げかけた。許容可能な損失の原則は理論的に重要な位置を占めるが、ベンチャー成果への直接効果は確認されなかった。
この結果の解釈は慎重を要する。研究数が4件(n = 783)にとどまり、統計的検出力の問題が残る。Affordable Lossの効果が他の原則(PartnershipやMeans)を通じた間接的な経路で発現する可能性も排除できない。問いは後続研究に委ねられた。
後続研究への橋渡し
分析に含まれた研究数の少なさという限界は、より大規模な実証研究の必要性を研究コミュニティに突きつけた。Means・Partnership・Leverage Contingencyは成果に正の関係を示し、Affordable Lossは非有意——この非対称な結果が、2010年代以降の実証研究が5原則別の効果を精緻化していく際の概念的出発点となった。
実証研究の文脈における位置づけ
Dew et al.(2009)との相補性
Read et al.(2009)のメタ分析と同年に発表されたDew, Read, Sarasvathy & Wiltbank(2009)の実験研究は、相補的な実証的基盤を提供した。Dew et al.(2009)は熟達した起業家と経営学を学ぶ学生を対象とした実験を通じて、エフェクチュエーション的意思決定が熟達性と結びついていることを準実験的に示した(Dew et al., 2009, pp. 287–288)。一方、Read et al.(2009)のメタ分析はエフェクチュエーション的行動が成果に与える影響を定量的に検討した。両研究は「誰がエフェクチュエーションを実践するか(Dew et al.)」と「エフェクチュエーションの実践は何をもたらすか(Read et al.)」という異なる問いに答えることで、実証的知識の基盤を厚くした。
プロトコル研究との連続性
Sarasvathy(2001)のプロトコル分析研究から始まったエフェクチュエーション研究の系譜において、Read et al.(2009)はプロセス研究から成果研究への橋渡しを担った。プロトコル分析が「熟達起業家はどのように思考するか」を明らかにしたとすれば、メタ分析は「その思考様式は何を生み出すか」を統計的に検討しようとした。この問いの転換は、エフェクチュエーション研究が理論の記述的妥当性を超えて、予測的・処方的な知見へと発展していく転換点だった。
実務への含意——効果量の差異が示すもの
Read et al.(2009)の知見が実務的に最も重要な含意を持つのは、エフェクチュエーション原則の中でも効果の大きさに差があるという発見だ。
Means、とりわけMeans-Who I am(relevant)の効果量0.230*は3サブ構成概念の中で群を抜く**。創業チームのアイデンティティ・能力・資本・知的財産——手元にある「自分が何者か」という資源の質——がベンチャー成果を左右する。
Partnershipの効果量0.169*は、ステークホルダーとの自発的コミットメント構築が成果に直結することを示す。顧客・供給業者・外部パートナーからの早期コミットメント獲得への投資が、エフェクチュエーション的実践として機能する。
Affordable Lossは単独では非有意だった。許容可能な損失の原則が財務管理行動として直接成果を高めるというより、他原則との組み合わせや間接的な経路を通じて機能する構造を示唆している。
参考文献
- Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), 837–861.
参考書籍
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